240話「弘からのお願い」

恵美のマンションを出て車に乗り込むと、携帯電話にメールが届いていることに気づいた。

弘からだった。

『お疲れです。時間がある時に連絡ください』

短い文章だったが、何かあったのだろうか。

私はすぐに電話をかける。

「兄貴、お疲れっす」

弘はワンコールで電話に出た。

「おう、お疲れ。何かあったのか?」

「兄貴、時間あるならちょっと会えないっすか?」

「いいぞ。どこにいる?」

「駅前のファミレスならすぐ行けるっす」

「分かった。じゃあそこで」

電話を切り、私は駅前へ車を走らせた。

ファミレスへ着くと、弘は店の入口で待っていた。

「兄貴、お疲れっす」

「お疲れ」

二人で店に入り、奥のテーブル席へ座る。

注文を取りに来た店員へ、私はコーヒーを、弘はチョコパフェとコーヒーを頼んだ。

注文を終えると、私は弘を見る。

「優良店会のことか?」

弘は慌てて手を振った。

「いやいや、今日は優良店会の話じゃないっす」

そう言って苦笑いする。

「実はですね、知り合いで箱ヘルしてる人がいるんすよ。少し前に知り合った人なんすけど」

「その人とトラブったのか?」

「違いますって」

弘は思わず吹き出した。

「トラブルじゃないんすよ」

「そうか」

私は安心してコーヒーに口をつける。

ちょうどそのタイミングで注文した品が運ばれてきた。

弘は嬉しそうにチョコパフェを眺めてから話を続けた。

「その人が、うちのホームページ見たらしいんすよ。それで『すごいですね。どこの業者に頼んだんですか?』って聞かれたから、『うちは自分たちで作ってます』って言ったんすよ」

どこか誇らしげな表情だった。

「そしたら、ものすごく驚いて、『もし可能なら、自分の店のホームページも作ってもらえませんか』って頼まれたんすよ」

「へぇ……」

私は思わず感心した。

「俺はホームページのことなんて全然分からないし、金額も決められないから、とりあえず上の人に聞いてみますって返事しといたんすよ」

私は小さく頷いた。

「そうか。ホームページの作成依頼が来るとは思わなかったな」

「俺も思わなかったっす」

「営業はお前の方が向いてるのかもしれないな。俺だったら、そんな話は取ってこられなかった」

「そんなことないっすよ」

弘は照れ笑いを浮かべながら頭をかいた。

「でも、こうして声を掛けてもらえたのは嬉しかったっす」

私はそんな弘を見て、小さく笑った。

「少しずつまわりから信用されるようになってきたってことだな」

「そうだったら嬉しいっす」

弘は素直に頷いた。

「でも兄貴も俺も中卒だから、コンピューターなんて全然分からないっすよね」

「お前なぁ」

私は苦笑した。

「まあ、確かに中卒だけどな」

二人で顔を見合わせて笑う。

「でも、実際に作ったのは美緒だからな。一度、美緒に聞いてみるよ」

「そうっすね」

弘は満足そうにチョコパフェを一口食べた。

しばらく他愛もない話をしていると、弘がふと思い出したように口を開く。

「ところで兄貴、アクセサリー販売の方はかなり順調みたいっすね」

「ああ。リトや美緒のおかげでな」

私がそう答えると、弘はスプーンを皿の上へ静かに置いた。

さっきまでの笑顔が少しだけ引き締まる。

「兄貴……お願いがあるっす」

「どうした?」

私は弘の表情を見て聞き返した。

弘は真っすぐ私を見つめる。

「ホームページの話が来て、俺もちょっと考えたんすよ」

私は黙って弘の続きを待った。

「人から仕事を任されるのって、やっぱり嬉しいじゃないっすか。俺ももっと仕事を覚えて、兄貴の役に立ちたいって思ったんすよ」

弘は少し照れたように笑う。

「だから……俺もアクセサリー販売を、一緒にやりたいっす」

私は思わず弘の顔を見つめた。

それは予想もしていなかった申し出だった。

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