翌朝、ゆっくりと目を覚ます。
隣へ目を向けると、美緒の姿はもうなかった。
静かな部屋に、コーヒー豆を挽くカリカリという音だけが心地よく響いている。
私はベッドを出てリビングへ向かった。
「あっ、起きたんだ。おはよう」
キッチンから美緒が笑顔をのぞかせる。
「おはよう」
そう返してソファーへ腰を下ろすと、テーブルの上に置いてあった携帯電話を手に取った。
画面を見ると、早苗からメールが届いている。
『弘君から頼まれていたホームページ完成したから見てほしいの。連絡まってるね』
私はすぐに、
『あとで茉莉花に行く』
と返信した。
送信を終えたところで、美緒が湯気の立つカップを持ってきた。
「はい、コーヒー」
「ああ、ありがとう」
カップを受け取り一口飲む。
挽きたての香りが口いっぱいに広がり、自然と肩の力が抜けた。
美緒は私の隣へ腰を下ろす。
「今日の予定は?」
「そうだな。とりあえず茉莉花に行かないといけないな」
「今日は弘さんは一緒じゃなくて大丈夫なの?」
私は少し考えてから答えた。
「そうだな。茉莉花へ行く前に弘と合流した方が効率がいいか」
すると美緒は優しく微笑んだ。
「それじゃ昨日みたいに、ここへ迎えに来てもらってから一緒に動いた方がいいんじゃない?」
「そうだな。でも花水木は大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫。私も店へ行くし、何かあったら連絡するから」
そう言って微笑む美緒の表情には、不安はまったくなかった。
「分かった。それじゃ何かあったら連絡して」
私は携帯を手に取り、弘へメールを送る。
『昼過ぎに美緒のマンションまで迎えに来てくれ』
送信して間もなく返信が届いた。
『兄貴、おはようございます!迎えの件、了解です!!』
思わず笑みがこぼれる。
「どうしたの?」
不思議そうに美緒が聞く。
私は携帯の画面をそのまま美緒へ向けた。
美緒はメールを読むと、小さく笑った。
「弘さんは、直人さんと一緒に動けるのが嬉しいんだよ」
「そうか?」
「うん。だって弘さん、直人さんと一緒にいるとき、本当に楽しそうだもん」
私は昨日までの弘の姿を思い浮かべる。
何でも一生懸命に覚えようとして、失敗しても笑って前を向く。
そんな姿が自然と頭に浮かんだ。
美緒は続ける。
「私がしていた集金も弘さんが引き継いでくれたから、その分、私は花水木へ行けるようになったし、人手が足りないときは言うから、これからも弘さんと動いて大丈夫だよ」
そして私を見つめながら言った。
「弘さんも仕事を覚えられるし、直人さんも教えることあるでしょ」
私はゆっくり頷いた。
「美緒がそう言ってくれるなら、そうしようかな」
「うん。そうしてあげて」
その笑顔を見ていると、不思議と迷いが少し軽くなる気がした。
しばらくして携帯が震える。
『兄貴! 着きました!』
弘からだった。
「早いな」
私は苦笑いしながら立ち上がり、身支度を整える。
玄関まで来ると、美緒が優しく微笑んだ。
「行ってらっしゃい」
「行ってくる」
部屋を出てエレベーターで一階へ降りる。
エントランスを抜けると、弘が車の横に立ってこちらへ手を振っていた。
私に気付くなり、大きな声が響く。
「兄貴! おはようございます!」
私は思わず笑ってしまう。
「お前、朝から声がデカいぞ」
「すみません!」
そう言いながら笑う弘の顔を見ていると、こちらまで笑顔になる。
私は助手席へ乗り込み、ゆっくりとドアを閉めた。
弘の笑顔を見ていると、今日もきっと前へ進める。そんな気がしていた。

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