163話「今年も一緒に」

何も言わずに、しばらく抱き合っていた。

ストーブの上のケトルから、お湯の沸く音だけが小さく広がる。

「……お風呂入る?」

美緒が耳元で囁くように言う。

もう照れたりする空気はない。

「うん」

私がそう言うと、美緒は小さく頷き、そのまま浴室へ向かった。

浴室は、いつも通りキャンドルの淡い灯りと、甘く良い香りに満ちている。

湯気の立つ空間は暖かかった。

「ここ座って」

美緒が椅子を差し出す。

私は椅子へ座り、美緒へ背中を向けた。

すると、美緒が当たり前みたいに髪へ指を入れる。

「結構ワックスついてる」

「つけ過ぎたかな」

「うん」

美緒は静かに泡立てながら、丁寧に髪を洗っていく。

指先が髪をかき分けるたび、湯気の熱がゆっくり肌へ馴染んでいった。

頭皮を優しくなぞられるたび、少しずつ身体の力が抜けていく。

「気持ちいい?」

「かなり」

「よかった」

美緒は少し笑った。

そのあと背中にも泡を広げ、肩や腕までゆっくり洗っていく。

こういう時間も、もう自然になっていた。

湯船へ入ると、美緒は後ろから静かに身体を預けてきた。

柔らかい体温が背中へ伝わる。

「……ねえ」

「ん?」

「少し前までは、こんな風になると思ってなかった」

そう言って、美緒は私の腕を掴み、自分の首へ絡めた。

「そうだな」

私は美緒をそっと抱き寄せる。

「……今年も、こうして一緒にいようね」

美緒は小さく笑った。

「ああ」

私はもう一度、そっと抱き寄せた。

外ではまだ遠くに車の音が聞こえている。

でも、この部屋の中だけは時間がゆっくり流れている気がした。

風呂から上がると、美緒はタオルを持ってくる。

「はい、座って」

私はソファへ座り、美緒が後ろへ回る。

タオルで髪を拭き、ドライヤーを当てる手つきも、もう慣れたものだった。

「髪のびたね」

「そうか?」

「うん。でも似合ってる。直人さんらしい」

美緒はドライヤーを動かしながら、小さく言う。

私は少し笑った。

「そうかぁ?」

乾かし終えると、美緒は満足そうに電源を切った。

そのまま二人でベッドへ入る。

私が横になると、美緒は慣れた様子でベッドボードへ背を預けた。

「おいで」

私は苦笑しながら、美緒の膝へ頭を乗せる。

美緒は小さく笑うと、そのまま耳へ指を伸ばした。

「……今年最初のミミククリンだね」

「何だよそれ」

「ふふっ」

美緒の指先が耳を優しくなぞる。

それだけで、不思議なくらい身体の力が抜けていった。

「気持ちいい?」

「かなり」

「よかった」

美緒は嬉しそうに小さく笑う。

私はそのまま目を閉じた。

暖かい膝の感触。

美緒の静かな体温。

遠くではまだ、年明けのざわめきが小さく残っている。

その音を聞きながら、私はゆっくり眠りへ落ちていった。

朝、目を覚ますと、部屋には雑煮の匂いが漂っていた。

リビングへ行くと、美緒がキッチンへ立っている。

「おはよう」

「あぁ、おはよう」

「ちょうどできるよ」

テーブルには簡単なお節料理も並べられていた。

私は椅子へ座り、ぼんやりその光景を見ていた。

「……何?」

「いや、正月っぽいなと思って」

美緒は少し笑う。

「一応、お正月だから」

二人で雑煮を食べながら、静かな朝を過ごす。

窓の外には、正月らしい穏やかな光が広がっていた。

「今日の予定は?」

美緒が食器を片付けながら聞く。

「うん、月下美人も茉莉花も営業だからな」

「私は月下美人に行ってくるね。お雑煮持って行くって約束もしてたから」

私は湯呑みのお茶を飲み干し、小さく息を吐いた。

「分かった。それじゃ行くか」

「うん」

美緒は静かに頷く。

その表情は少し寂しそうだった。

でも、もう何度もこうして見送ってきた顔でもあった。

私は立ち上がり、美緒の頭を軽く撫でる。

「……いってらっしゃい」

美緒は小さく笑った。

私はその顔を見ながら、再び動き始めた正月の街へ戻っていった。

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