目が覚めると、カーテンの隙間から柔らかい光が差し込んでいた。
まだ少し眠気の残る視界の中で、隣にある温もりに気づく。
規則的な呼吸。
触れている腕の重さ。
視線を落とすと、美緒がすぐそこにいた。
昨夜のことを思い出すまでもなく、それが当たり前みたいにそこにある。
こんな朝が、いつの間にか自然になっていることに、ほんの少しだけ驚く。
起こさないように、少しだけ身体をずらす。
「……起きてる?」
小さな声がして、目を向ける。
いつの間にか、美緒がこちらを見ていた。
「少しだけな」
そう答えると、くすっと笑う。
「じっとしてて」
何をするでもなく、自然に手が伸びてくる。
前髪に触れて、少しだけ整える。
「そのままだと、ちょっとだけ変」
「そうか?」
「うん」
軽く指先で直して、満足したように小さく頷く。
その距離のまま、視線が合う。
少しだけ間があって――
美緒の方から、そっと触れてくる。
短く、柔らかく。
それが当たり前みたいに。
離れても、距離は近いままだった。
「コーヒー、淹れるね」
小さくそう言って、ベッドから降りる。
さっきまでの空気をそのまま連れていくような、自然な動きだった。
キッチンから音がする。
豆を挽く音。
お湯が沸く音。
カップが触れる音。
そのどれもが、やけに落ち着く。
しばらくして、湯気の立つカップが差し出された。
「はい」
「ああ」
受け取ると、ほんのりと温かい。
口をつける。
昨日と同じ味。
隣に美緒が座る。
何も言わない。
それでも、その時間が自然に流れていく。
「ね」
小さく声がする。
「ん?」
「ちょっとだけ、いい?」
そう言って、こちらを見る。
何のことか聞く前に、美緒がソファの方へ軽く視線を送る。
「こっち来て」
促されるままに腰を下ろすと、美緒が隣に座る。
少しだけ間を空けてから、ぽんと自分の膝を軽く叩いた。
「横になって」
「……あっ、うん」
少し遠慮がちに頭を乗せる。
「うん、もう少しこっち」
美緒は私の頭を抱え引き寄せた。
頭を乗せると、柔らかさと同時に、どこか落ち着く感触があった。
見上げると、美緒の顔がすぐ近くにある。
髪を掻き分け耳を優しく触る。
「じっとしてて」
小さくそう言って、美緒が小さな容器を手に取る。
見慣れないものだった。
「それ、なに?」
「これ?」
軽く振って見せる。
「ミミクリン。使うと気持ちいいよ」
蓋を開けた瞬間、ふわっと甘い香りが広がる。
どこか柔らかくて、落ち着く匂いだった。
綿棒の先に少しだけ含ませる。
「ちょっと冷たいかも」
そう言って、耳に触れる。
ひやりとした感触。
そのあとに、ゆっくりとした動き。
くすぐったさと気持ちよさが混ざる。
「……いい匂いだな」
「でしょ?」
上から落ちてくる声。
美緒の温もりが、そのまま伝わってくる。
視界の端で、美緒の髪が揺れる。
指先が触れるたびに、意識がそっちに向く。
「……こういうの、好きなんだ」
ぽつりと呟く。
「うん。私も」
静かな声だった。
それ以上は言わない。
優しく触れる手。温もり。美緒の柔らかな匂い。
目を閉じていると眠ってしまいそうになる。
こんな時間が、当たり前みたいに流れていることに、ふと気づく。
やがて手が止まる。
「はい、終わり」
少しだけ満足そうに、美緒が息をついた。
目を開けると、すぐ近くで目が合う。
ほんの少しの間。
そのまま、美緒の方からゆっくりと距離が縮まる。
触れるだけのキス。
それだけで、十分だった。
身体を起こさずそのままでいた。
美緒は何も言わず、髪や頬を優しく撫でる。
何も特別なことはしていないのに、
その距離だけが、昨日よりも当たり前になっていた。
ふと時計を見ると、いつもより少しだけ遅い時間だった。
「今日の予定は?」
「昼からで大丈夫」
そう答えると、美緒が小さく頷く。
「そっか」
柔らかく微笑む。
「じゃあ、ゆっくりできるね」
身体を起こすとすぐ隣にいるまま。
何気ない朝。
特別なことは何もない。
それでも、もう元の距離には戻らないことだけは、はっきりしていた。
美緒が軽く肩を寄せてくる。
拒む理由はなかった。
そのまま、受け入れる。
何も言わないまま、時間だけがゆっくりと流れていく。
それで十分だった。
それ以上、何もいらなかった。

コメント