134話「似合う場所」

昼過ぎの光が、カーテンのない窓からそのまま差し込んでいる。

何もない部屋は、思っていたよりも広く見えた。

ゆっくりと中に入り、ひと通り見て回る。

リビングに立ち止まり、窓の外に目を向けた。

窓からは公園のイチョウ並木が見え、黄色に色づいた葉が陽の光に照らされ輝いていた。

ここに、美緒が来る。

ふと、そんなことを思った。

しばらく、そのまま窓の外を眺めていた。

美緒の微笑む顔が頭に浮かぶ。

窓から見える景色、部屋の広さ、周囲の静けさ。

美緒に似合う場所だと思った。

もう一度だけ部屋を見渡してから、鍵を閉める。

廊下に出ると、さっきまでの静けさが嘘のように、現実に引き戻された気がした。

そのまま不動産屋へ戻り、契約の手続きを進める。

必要な書類に目を通しながら、淡々とサインをしていく。

大きな決断をしているはずなのに、どこか実感はなかった。

すべてが終わり、店を出る。

ポケットの中で携帯が震えた。

取り出して画面を見ると、弘からだった。

「兄貴、いま大丈夫っすか?」

「ああ」

短く返すと、弘は少し間を置いてから続けた。

「メールしてた件なんすけど、うちでスタッフとして働きたい女の子がいるんすよ」

「お前、今どこにいるんだ?」

「駅の近くにいるっす」

「それじゃ、駅のいつものカフェで落ち合おう」

そう言って電話を切り、駅に向かった。

カフェが見えると、弘が店の前で待っていた。

二人で店に入り、一番奥のテーブルに座った。

「兄貴、いつものでいいんすよね」

弘はそう言いながら席を立った。

店は女子高生やカップルなどで賑わっていた。

弘が、コーヒーとシナモンロールを二つずつ載せたトレーをテーブルに置き、席に着いた。

私はコーヒーを一口飲み、言った。

「で、どうしてうちでスタッフとして働きたいって言ってるんだ?」

弘はシナモンロールを口に運ぼうとした手を止め、話し始めた。

「話がちょっと長くなるんすよね。

その女の子、藤井美咲ちゃんっていうんすけど…」

美咲ちゃんとは数ヶ月前に知り合ったらしく、いつも駅のロータリーの二階のベンチに座り、ぼんやりとしていたという。

そんな美咲ちゃんに声をかけ、話すようになったらしい。

弘はシナモンロールをかじり、コーヒーを流し込むように飲み、話を続けた。

「美咲ちゃんは施設で育ったみたいなんすよ。

俺が兄貴とか月下美人の話をよくしてたら、アットホームで温かそうな職場でいいですねって言うんすよ」

弘は残ったシナモンロールを頬張った。

「分かった。その美咲ちゃんって子をスタッフとして迎え入れよう」

私は、何か理由があるわけじゃないが、弘がここまで話す相手なら問題はないと思った。

弘と別れ、歩き出す。

さっきまでいた部屋のことが、ふと頭をよぎる。

何もなかった空間。

これからあの部屋も、甘く落ち着いた匂いになっていくのかなと思った。

コメント