朝、美緒の部屋で目を覚ました。
キッチンのほうから、水の音が聞こえてくる。
しばらくそのまま天井を見てから、手元の携帯に目を落とした。
弘からメールが届いている。
急ぎではないが、話があるとのことだった。
「分かった、後で連絡する」
短く返して、携帯を閉じた。
この頃から、やり取りは緊急時以外メールが中心になっていた。
そのほうが、こちらとしても都合がよかった。
小さく息をついて、意識を切り替える。
——美緒の引っ越しのことだ。
タイミングを見計らったように、水の音が止む。
少しして、美緒がキッチンから顔を出した。
「起きてたんですね」
エプロン姿のまま、少しだけ笑う。
「ああ」
短く返すと、美緒はそのまま部屋に入ってくる。
「コーヒー、淹れましょうか?」
そう言って、ベッドの横に座った。
美緒は、私を覗き込むように見て。
「どうかしました?」
「いや」
少しだけ間を置いてから、言葉を続ける。
「引っ越しのことなんだけど」
その一言に、美緒の視線がわずかに揺れた。
嬉しそうにも見えて、少しだけ戸惑っているようにも見える。
「……うん」
小さく頷く。
「この間、言ってた物件、見に行かないか?」
そう言うと、美緒は少しだけ目を伏せた。
会話が途切れた。
短い沈黙が流れる。
「私……直人さんが決めたところなら、どこでもいいです」
目を伏せたまま、美緒はそう言った。
「分かった。じゃあ、俺のほうで決めるよ」
静かにそう言うと、美緒は少しだけ顔を上げた。
「美緒。何も気にせず越してこいよ」
続けると、視線がまっすぐこちらに向く。
「……そばに居てほしいんだ」
言い切ると、美緒は何かを考えるように、ほんの少しだけ黙った。
「……分かりました。直人さんの言う通りにする」
その表情から、張りつめていたものが少しだけ抜けた気がした。
美緒はベッドに手をついて、少しだけこちらに近づいた。
「ねえ」
「ん?」
「楽しみでもあるんですよ」
少しだけ照れたように視線を逸らしながら、そう言う。
その言葉に、わずかに口元が緩む。
「分かってる」
そう返すと、美緒は小さく笑った。
さっきまでの迷いとは違う、柔らかい空気がそこにあった。
美緒はコーヒーを淹れに、キッチンへ向かった。
私はベッドに横になったまま、天井を見つめる。
早苗と美緒。
今のままの関係が、この先も続くことがないのは分かっている。
それでも——どちらかを選ぶことが、できなかった。
ずるいのは分かっている。
それでも、美緒を放っておくことはできない。
このままでは、二人とも傷つけることになるかもしれない。
それでも今は、どうすることもできない気がしていた。

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