目が覚めたのは、頬に触れる柔らかい感触だった。
美緒が、指先で私の顔をゆっくりと撫でている。
その手は離れることなく、何かを確かめるように、何度も同じところをなぞっていた。
目を開けると、すぐ近くに美緒の顔があった。
優しく微笑みながら、まっすぐにこちらを見ている。
その視線を受け止めながら、私も少しだけ笑った。
言葉はなかった。
でも、美緒の手は頬に触れたままで、
その距離も、視線も、どちらも離れようとはしなかった。
外はまだ薄暗く、夜と朝のあいだみたいな空気だった。
二人で、朝がくるまでベッドの中にいた。
美緒はそっと両手で私の顔を包み込んだ。
少しだけ間があって、優しくキスをした。
美緒からキスをしてきたのは、このときが初めてだった。
触れた瞬間、ほんの少しだけ息が止まった。
柔らかいのに、離れたくないと思うくらいの熱があった。
唇が離れたあとも、しばらくそのまま見つめ合っていた。
やがて、部屋の中に朝の光が少しずつ入り始めた。
どちらからともなく体を起こして、
いつもと同じように時間が動き出す。
美緒はいつものように、キッチンで豆を挽き始める。
私はカリカリという音を聞きながら、簡単に身支度を整えソファーに腰を下ろした。
少しすると美緒がカップをテーブルに置き隣に座った。
私はふと思い出したように口を開いた。
「すごく気になってるマンションがあるんだ」
美緒がこちらを見る。
「大きな公園と植物園のすぐ横でさ、少し奥まってて静かなんだ」
少しだけ間があって、美緒は小さく頷いた。
「いいですね」
それだけ言って、また視線を戻す。
それ以上は何も聞かなかったし、何も言わなかった。
でも、ちゃんと受け取っているのは分かった。
ジャケットを羽織り部屋を出る。
玄関で靴を履いて、ドアを開けたあと、少しだけ振り返った。
美緒は立ったまま、微笑んでこちらを見ていた。
「気をつけて」
少し照れたように言いながら、でも目は逸らさない。
そのまま目が合って、私は小さく笑って返した。
一瞬だけ、時間が止まったような間があった。
それから、何も言わずにドアを閉めた。

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