契約の手続きは、思っていたよりもあっさりと終わった。
数日後、私は不動産屋で鍵を受け取っていた。
まだ何も置かれていない室内は、やけに広く感じた。
静まり返った空間に、自分の足音だけが響く。
ここでやっていくのか。
そう思いながら、ゆっくりと部屋を見て回った。
しばらくすると、玄関のドアが開く音がした。
「お邪魔しまーす!」
里奈ちゃんの明るい声が、空間に広がる。
続いて早苗と里奈ちゃんが部屋に入ってきた。
「飲み物買って戻ってきたら、ちょうど里奈と一緒になって」
そう言いながら早苗は、コンビニの袋をカウンターに置いた。
「えーと。最初は電気、ガス、水道だね。
私が連絡するね!」
さっそく里奈ちゃんは携帯を取り出した。
早苗はメモ帳とペンを持って、何かを書き込んでいる。
私はカウンターにもたれ、早苗が買ってきた缶コーヒーを飲みながら、部屋を眺めていた。
月下美人と違い、茉莉花は一から自分で立ち上げる店だ。
届出制になることで、この世界は少しだけ形を変える。
真っ黒だったものが、グレーに近づく。
競合店も増えるだろう。
この変化がどう転ぶのかは分からない。
それでも私は、大きなチャンスだと思っていた。
茉莉花と花水木。
どちらも、咲かせるつもりでいた。
「ねぇ、ちょっと来て」
早苗の声で我にかえる。
早苗について二階に上がる。
一番広い部屋に入ると、早苗が言った。
「私もここに引っ越そうかと思うの。
茉莉花がオープンしたら、一日の大半は事務所にいることになるでしょ」
早苗はメモ帳を開き、続けた。
「今ざっと必要なものを書き出してみたの。
一から揃えるなら相当な金額になるから、私のマンションにあるもの使えば、かなり浮くんだよね」
「どうせマンションは寝に帰るだけになるだろうし、それならここに住むのが一石二鳥じゃない」
早苗はメモ帳を閉じ、私を見て言った。
「あなたは、ここじゃ嫌?」
「いや、早苗がいいなら俺はどこでもいいよ」
「よしっ!それじゃ決まり。
この広さなら、あなたと二人でも十分だしね。
ベッドはここで、ソファーはここに置いて……」
早苗は楽しそうに家具の配置を考えはじめた。
部屋の窓から駐車場を見下ろすと、里奈ちゃんがjeepから自分の荷物を事務所に運び込んでいた。
私と早苗が一階に下りると、玄関には里奈ちゃんの荷物が山積みに置いてあった。
「あっ、電気、ガス、水道、明日には使えるようになるからね」
荷物を運び込みながら、里奈ちゃんが言った。
「ねぇ、里奈。私たちもここに住むから。さっき二人で話して決めたの!」
「マジで!やったね。それじゃ早苗のマンションの引っ越しもしなきゃじゃん」
早苗と里奈ちゃんは笑った。
茉莉花と花水木。
どちらも、花を咲かせる前の蕾の段階まできている。
どう咲かせるかは、私次第だと思った。

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