三度目のブザーの音を聞く。
「すいませーん」と声をかけると、返事はないが人が歩いてくる足音が聞こえる。
廊下の奥から江崎さんが現れた。
「あぁ、あんただったのかい」
と言い、口元に笑みを浮かべた。
「ご無沙汰してます」
私は軽く頭を下げた。
「まぁ、上がりな」
江崎さんはそう言って廊下を歩き出した。
「お邪魔します」
私は江崎さんの後に付いて行った。
前と同じ部屋に入ると、こたつ布団は片付けられてテーブルだけになっていた。
「今日はどうしたんだい?」
江崎さんは座椅子に座り、煙草に火をつけながら言った。
「はい。新しく金融業を始めたもので、挨拶にお邪魔させてもらいました」
私は「LINK CORPORATION 村上直人」と印刷された名刺を差し出しながら言った。
「そうかい。金貸し始めたんだね」
江崎さんは眼鏡をかけて名刺を手に取り、
「リンク……の、村上さんだね」
と確認するように呟いた。
その時、襖が開きこの前のおばさんがお茶を運んできた。
「お久しぶりです。お邪魔してます」
私が挨拶すると、おばさんはニコッと微笑んだ。
江崎さんは煙草を消し、おばさんに言った。
「あの子たちの証文持ってきておくれ」
おばさんは声を出さずに頷くと、すぐに部屋から出て行った。
「それで金貸しのほうはどうなんだい?うまくいっているのかい?」
私は、始めたばかりで顧客はいないこと。挨拶に来たのも江崎さんが最初だということを、嘘をつかずに話した。
「うちが、あんたの一件目の客か」
そう言って江崎さんは笑った。
さっきのおばさんが、束になった書類を持って部屋に入ってきて、書類をテーブルの上に置いた。
江崎さんはそろばんを取り出して座椅子に座り直し、書類を広げて一枚一枚確認しながら、そろばんを弾き出した。
しばらくすると、そろばんを持ったまま眼鏡越しの上目遣いで私を見て、
「六百五十万、用意しておくれ。保証人は私でいいかい?」
と言いながら書類を私に向け見せた。
私は書類を確認すると、女性十二名分の借用書で、保証人欄はすべて「江崎澄子」と書いてあった。
「はい。ありがとうございます。すぐに用意して連絡いれます」
と頭を下げた。
「他にも店があるから、そっちもあんたにお願いしようかね。あんた、私が言ったこと覚えてたんだね」
と江崎さんは笑いながら言った。
帰りに手土産に買った大判焼きを渡すと、江崎さんは普通のお婆さんの顔になり、餡子には目がないと言って喜んだ。
袋から大判焼きを一つ取り出し紙に包み、
「帰りに食べな」
と言って手渡された。
私は江崎さんの店を出ると、大判焼きを一口かじった。
今まで食べた大判焼きのなかで、一番美味しく感じた。

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