雨の夜の出来事以降、恵美のマンションに時々行くようになっていた。
特別な用事はないが、お互いに何か口実をつくり、会うようになっていた。
その部屋で会うとき、恵美は“恵美さん”ではなく、恵美の顔になっていた。
「そう言えば、江崎さんの件はどうなったの?」
恵美が思い出したように聞いた。
「あっ、江崎さんの件、まだ詳しく話してなかったね……」
言いかけたところで、恵美がふっと笑った。
「ん?」
「だってあなた、私に敬語を使ったり、普通に話したりするから」
恵美は楽しそうに言う。
「そんな急に変われないよ」
「ごめん、ごめん。そうよね。でもこの部屋……いや、二人のときは恵美でいいのよ」
私は声に出さず頷いた。
「それで、江崎さんの件は?」
私は佐藤さんの五百万の話から順番に説明し、
江崎さんに金融屋と間違えられたこと、
そして借り換えの話まで伝えた。
恵美は黙って話を聞きながら、静かに考え込んでいた。
やがて顔を上げ、私を真っ直ぐ見た。
「ねぇ、あなた金融やってみなさいよ。」
「えっ、俺が?」
胸の奥が一瞬ざわつく。
「そう、あなたが。」
恵美は続けた。
「江崎さんが借り換えてくれるって言うなら、かなり良い話よ。
新規で営業に行っても、間に合ってるって門前払いされるのが普通なの。
でもあなたにそんなことを言ったということは、気に入られている証拠よ。」
私はすぐには返事ができなかった。
金融。
まさか自分の人生に、そんな言葉が入ってくるとは思ってもいなかった。
「良い話かもしれないが、金融なんて大きな金がないとできないだろ。そんな簡単じゃない。」
少し苦笑しながら言うと、恵美は私の前に座り直した。
そして、静かに私の目を見つめ、膝に手を置いた。
「お金は私が用意する。
ちゃんと登録して始めればいいの。
建前でも表の顔があれば、それだけで意味がある。
あなたには、一つ表の立場が必要よ。」
私が金融屋。
江崎さんの勘違いが、思いもよらない方向へと動き始めていた。
私は黙ったまま、恵美の目を見つめ返した。


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