朝の光が部屋を優しく包む。窓の外には、まだ柔らかな街の空気が漂っていた。
テーブルの上には、由美さんの名刺が置かれている。
「BAR 渚…か」
駅での印象が自然に思い出され、心の片隅で、近いうちに行くことになるだろうと思った。
今日は、刺青の完成を確認する日だった。
背中に描かれた滝を登る真鯉――色と躍動感が、ようやく落ち着いた形で見られるはずだ。
早苗に「最後のチェックに彫り師の先生宅に行ってくる」と伝え、マンションを出た。
彫り師の先生宅に向かい、最終チェックを受ける。
先生は眼鏡をかけ、真剣な目で刺青を見ている。
「よしっ、色もちゃんと馴染んで落ち着いてるな」
先生は頷きながら言った。
「いつでも額に出来るように彫ってあるから、額にしたくなったら、またおいで」
その言葉に、胸の奥に小さな熱が広がる。
滝を力強く登る鯉――達成感と未来への期待が、背中に刻まれた模様とともに実感として迫る。
帰宅すると、早苗が玄関まで駆け寄ってきた。
「ねぇ、見せて」
私がシャツを脱ぐと、
「わぁ…!」
早苗の声が漏れる。
背中一面の鯉――金、赤、青、白の鮮やかな色が入り、迫力と美しさを兼ね備えている。
流れる水や筋肉の躍動感が、まるで生きているかのようだ。
早苗はじっと見つめ、指先でやさしく触れながら言った。
「すごい…本当に生きてるみたいだね。色が入ると全然違うね」
「うん、鯉に魂が宿った感じがする」
「うん…私もそんな気がする」
二人でしばらく背中の鯉を眺め、緩やかな午後の時間を過ごした。
そんなとき、ふと携帯電話が鳴った。
見てみると、弘からだった。
「兄貴!お疲れっす。女の子三人ゲットしました。
これで店の在籍は十人を超えましたよ!」
弘は誇らしげに言った。
「おー。お前、口ばかりじゃなく、ほんとにやるなぁ」
「だから任せてくださいって言ったじゃないっすか!」
弘は自慢げに笑う。
後で会って詳しい話と打ち合わせすることにした。
「弘君、活躍してるみたいだね」と早苗が微笑んだ。
背中の鯉の熱が冷めやらぬまま、目の前に日常の小さな動きが広がる――
そんな感覚が、静かな達成感とちょっとしたワクワクを同時に運んできた。

コメント