74話「動き出す事務所」

事務所は、駅から歩いてすぐの新築マンションの一室だった。

LDKの部屋で、リビングを待機場所にしている。

昼の部のキャストが四人、ソファや椅子に座っていた。

オープン初日ということもあってか、みんな少し緊張した様子で静かにしている。

テーブルの上にはジュースやお菓子が置かれていた。

手を伸ばす子もいたが、どこか落ち着かない様子で、携帯電話を触ったり時計を見たりしている。

事務所のマンション前には送迎用のワゴン車が停まっていた。

女の子を何人か乗せられる、タウンエースのような車だ。

営業開始は午後十二時からの予定だった。

だが、午前十時を少し回った頃、事務所の携帯電話が鳴った。

弘がすぐに電話を取る。

「はい、月下美人です」

――店の名前は、恵美さんが決めた。

物件が決まり、準備を進めていた頃のことだ。

「店の名前、どうするの?」

恵美さんがそう聞いた。

「まだ決めてません」

そう答えると、恵美さんは少し考えてから言った。

「月下美人ってどう?」

夜に咲く花の名前らしい。

私は少し考えてから頷いた。

「いいですね。それにしましょう」

こうして店の名前は、月下美人に決まった。

「はい……はい……

弘の声で、私は現実に戻った。

メモ帳を広げ、客の好みを聞きながら女の子たちをさりげなく見渡している。

「落ち着いた感じの子ですね。わかりました」

電話を切ると、弘は笑いながら言った。

「兄貴、一本入りました」

「もうか」

「新規オープンですからね」

そう言うと弘は、ソファに座っている女の子たちの方を向いた。

○○ちゃん、もうお仕事入ったよ」

優しい声だった。

呼ばれた女の子は少し驚いた顔をしてから、小さく頷いた。

弘は軽い調子で続ける。

「場所は○○ホテル。時間は十二時」

そして、少し笑いながら言った。

「大丈夫。優しそうなお客さんだったから」

その一言で、女の子の表情が少しだけ和らいだ。

弘はこういうところが上手かった。

女の子の緊張を、さりげなくほぐしてしまう。

そして、十二時を過ぎた頃だった。

事務所の携帯電話が、立て続けに鳴り始めた。

「はい、月下美人です」

弘は次々に電話を取りながら、メモを走らせていく。

「はい……はい……少々お待ちください」

さっきまで静かだった事務所の空気が、一気に慌ただしくなる。

○○ちゃん、一本入ったよ」

△△ちゃんも準備して」

昼の部の四人のキャストに、次々と仕事が入っていった。

最初の送迎は四人全員。

弘が運転で、私は助手席に乗った。

弘は慣れた様子でホテルを回る。

「◯◯ちゃん、◯号室だからね」

そう伝えると、微笑みながら言った。

「いってらっしゃい。頑張ってね」

声かけも忘れない。

女の子を送り終えると、ほどなくして連絡が入る。

「◯分でお願いします」

弘は「はい。了解です」と答えると、すぐにタイマーをかけた。

その手際の良さに、私は思わず感心した。

――こいつ、本当にこの仕事に向いているな。

静かだった事務所は、もう完全に動き出していた。

初めての忙しさの中、少しずつ場に慣れていく女の子たち。

そんな光景を見ながら、私は今日という一日が無事に終わることを願った。

月下美人の営業初日は、こうして一気に忙しさを帯びていった。

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