71話「呼ばれた名前」

翌日の午前、水田由美に電話をかけた。

数回の呼び出し音のあと、すぐに繋がる。

「はい、水田です」

落ち着いた声だった。

抑揚は少なく、余計な感情もない。

面会に乗せて行く日程の話を切り出すと、彼女は社交辞令なのか「ご迷惑になりますので」と一度は断った。

だが、陣さんから頼まれていると伝えると、

「では、◯月◯日の午前、◯◯駅でお願いします。はっきりした時間は、後日連絡させていただきますので」

と、淀みなく答えた。

刑務所の最寄り駅や面会の段取りを説明する前から、すべて理解しているような口ぶりだった。

「何か分からないことがあれば……」

そう付け加えると、

「大丈夫です」

短く、それだけ返ってきた。

その声は、初めて面会に向かう人間のものには聞こえなかった。

電話を切ったあと、しばらく電話を見つめる。

妙な違和感が残る。

だが、それが何なのかははっきりしない。

テーブルの上に置いた携帯電話が震えた。

画面には、弘の名前が表示されている。

待ち合わせ場所へ向かった。

車を停め、街中を歩いていると、いきなり後ろから腕を掴まれた。

反射的に振り向く。

「村上直人だな」

ニヤリと笑う顔。あの刑事だ。

「真面目にやってるのか? お前、弁当持ってるんだからな。ヘタなことするなよ」

刑事特有の、見透かしたような目だった。

「……何のことですか」

曖昧に笑うと、刑事は肩を軽く叩いた。

「気を付けろよ」

冗談なのか、本気なのか分からないまま、彼は去っていった。

弘と合流し、店で足りない備品を買い揃え、事務所へ向かう。

部屋に入った途端、弘は目を輝かせた。

「兄貴、めちゃくちゃキレイなマンションじゃないっすか! 場所もいいし、女の子も集まりますよ!」

窓際まで駆け寄り、

「眺めも最高っすよ。自分、住みたいっす」

と笑う。

一週間後には新聞広告も出る。

いよいよ店が動き始める。

当初は一人で始めるつもりだった。

だが、今は弘がいる。

お調子者だが、隣にいるだけで少し心強い。

窓の外の街を見下ろす。

期待も、不安もある。

それでも足は止まらない。

それが、村上直人の新しい一歩だった。

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