「弘君、遅いね」
「何やってんだ、あいつは」
今日は早苗と弘の顔合わせも兼ねての食事会の日だ。
弘に何が食べたいと聞いたら、久しぶりに肉食べたいと言うのでちょっと奮発して焼肉にした。
店内は、店員の威勢のいい声や客の笑い声で賑わっている。
早苗が「あれ弘君じゃない?」と店の入り口でキョロキョロしている弘を見て言った。
私が手を挙げると、弘が気づいて駆けてきた。
「お前、遅いよ」
弘はいつものデニムとスニーカーじゃなく、派手なシャツにジャケット。
靴は革靴で、ぱっと見チンピラ風な出立ちだ。
「すいません、出掛けにコレとやり合っちゃって」と頭を掻きながら小指を立て苦笑いする。
早苗を見て、姿勢を正すと
「あっ、早苗姐さん。初めまして弘と言います。兄貴にはお世話になってます」と頭を下げた。
「えっ、姐さん。」
早苗は呆気に取られた顔をしていた。
「いいから早く座れ」
失礼します、と弘は席につきながら鼻で空気を吸い込み
「わぁ、俺、焼肉久しぶりっす!」とはしゃいだ。
「お肉は適当に注文してるけど、食べたいものがあったら遠慮なく言ってね」
「姐さん、あーざす。ご飯大盛りいいっすか!」
早苗は手を叩いて笑った。
肉の焼けるいい音。
立ちこめる煙のいい匂い。
弘はがっついて食べる。
にこやかに見る早苗、せっせと肉を焼き私と弘の取り皿に入れる。
「姐さん、これめっちゃ美味いっすよ」
ご飯と肉を口いっぱいに頬張り、モゴモゴしながら喋る。
「その姐さんって呼ぶのやめて、恥ずかしいよ」
と早苗が網の上の肉を返しながら照れくさそうに言う。
「だって兄貴の彼女さんなんだから、自分には姐さんっすよ」
弘の中で早苗は姐さんというのはもう決定のようだった。
「あっ、兄貴仕事のことなんすけど、自分あの業界は結構長く関わってるんで、女の子の知り合いも多いし、他の店の人間とも付き合いあるんで任せて下さいよ」
誇らしげに言う。
「弘君、すごいね、顔広いんだ」
「いやぁ、そんなことないっすよ姐さん」
「あっ、また姐さんって言ったね」
弘と早苗は笑っている。
その時、私の電話が鳴った。
知らない番号だ。
早苗が、ふと私を見る。
弘は気づかず、網の上の肉をひっくり返している。
私はそのまま電話に出た。
「……はい」
「水田由美と申します」
その名前に、胸の奥がわずかに揺れた。
陣さんの手紙に書いてあった名前だ。
「本日、主人が刑務所へ移監されました。
ご報告までにと思いまして」
淡々とした声だった。
「……わかりました。ご連絡ありがとうございます」
それだけ言って電話を切った。
店内の喧騒が、急に遠く感じた。
「兄貴?どうしたんすか」
弘が無邪気に聞く。
早苗は何も言わず、静かに私を見ていた。
陣さんが、塀の向こうに入った。
それだけのことだ。
それだけのことなのに、
胸の奥で、何かが静かに沈んだ。
網の上で、肉が焦げる匂いがした。

コメント