83話「朝になるまで」

気がつくと、部屋の中はうっすらと明るくなっていた。

カーテンの隙間から差し込む朝方の光が、静かな寝室を淡く照らしている。

恵美は私の腕を枕にするようにして、静かに眠っていた。

長い髪が頬にかかり、昔付き合っていた頃と変わらない寝顔だった。

私はしばらく天井を見つめていた。

昨夜のことが、まだ夢の続きのように感じていた。

恵美がゆっくりと目を覚ました。

「……起きてたの?」

少しかすれた声でそう言うと、恵美は私の胸に顔をうずめた。

「もう朝だよ」

私がそう言うと、恵美は小さく笑った。

「ほんとね…。」

しばらく二人とも何も言わなかった。

言葉にする必要もないような、静かな時間だった。

やがて恵美は体を起こし、ベッドから降りた。

そのままクローゼットの前に立つ。

「そうだ。」

そう言って引き出しを開け、何かを取り出した。

「これ、覚えてる?」

恵美が振り返りながら差し出したのは、見覚えのある部屋着だった。

私は思わず苦笑いした。

「まだ取ってあったのか。」

「そりゃあるわよ。」

恵美は肩をすくめた。

「あなたが泊まったときに着てたやつ。」

それは、昔この部屋に来ていた頃に使っていた部屋着だった。

「ほら、着替えなさいよ。」

恵美は当たり前のように私に渡した。

まるで、あの頃と同じように。

私はそれを受け取り、静かに袖を通した。

恵美はそれを見て、少し満足そうに笑った。

しばらくして、恵美はカーテンを少しだけ開けた。

外はすっかり雨が止んでいた。

濡れた道路が、朝の光に鈍く光っている。

「コーヒー飲む?」

恵美は振り返りながら言った。

私は少し考えてから首を振った。

「いや、そろそろ行くよ。」

恵美は一瞬だけ黙った。

「そう。」

それ以上は何も言わなかった。

服を着て玄関に向かうと、恵美も後ろからついてきた。

ドアの前で立ち止まる。

どちらからともなく、少しだけ沈黙が流れた。

「また来なさいよ。」

恵美が小さく笑った。

「仕事の報告、あるでしょ。」

私は苦笑いした。

「そうだな。」

ドアノブに手をかけたまま、ふと振り返る。

恵美も同じようにこちらを見ていた。

私は一歩だけ近づき、恵美を軽く抱き寄せた。

恵美は抵抗することなく、そのまま体を預けてきた。

昔と変わらない感触だった。

私は恵美の頬に手を添え、そっと唇を重ねた。

短いキスだった。

それでも、どこか名残惜しい時間だった。

「……気をつけて。」

恵美は小さくそう言った。

私はうなずき、ドアを開けた。

エレベーターで一階に降り、マンションの外に出る。

夜通し降っていた雨は、すっかり止んでいた。

濡れたアスファルトから、静かな朝の匂いが立ち上っている。

私は携帯を取り出し、弘に連絡を入れた。

「兄貴?」

弘は私の電話で目が覚めたようで、寝惚けていた。

「変わりはなかったか?」

「あっ…はい、どうしたんすか?こんな時間に」

「いや、何もなかったならいい。起こして悪かったな、また電話する」

「わかりました。」

短くそれだけ話して電話を切った。

駐車場に停めていた車に乗り込み、エンジンをかける。

濡れた道路に、朝の光が反射していた。

私はハンドルを握り、早苗のマンションへ向かった。

窓の外では、朝の街がゆっくりと動き始めていた。

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