気がつくと、部屋の中はうっすらと明るくなっていた。
カーテンの隙間から差し込む朝方の光が、静かな寝室を淡く照らしている。
恵美は私の腕を枕にするようにして、静かに眠っていた。
長い髪が頬にかかり、昔付き合っていた頃と変わらない寝顔だった。
私はしばらく天井を見つめていた。
昨夜のことが、まだ夢の続きのように感じていた。
恵美がゆっくりと目を覚ました。
「……起きてたの?」
少しかすれた声でそう言うと、恵美は私の胸に顔をうずめた。
「もう朝だよ」
私がそう言うと、恵美は小さく笑った。
「ほんとね…。」
しばらく二人とも何も言わなかった。
言葉にする必要もないような、静かな時間だった。
やがて恵美は体を起こし、ベッドから降りた。
そのままクローゼットの前に立つ。
「そうだ。」
そう言って引き出しを開け、何かを取り出した。
「これ、覚えてる?」
恵美が振り返りながら差し出したのは、見覚えのある部屋着だった。
私は思わず苦笑いした。
「まだ取ってあったのか。」
「そりゃあるわよ。」
恵美は肩をすくめた。
「あなたが泊まったときに着てたやつ。」
それは、昔この部屋に来ていた頃に使っていた部屋着だった。
「ほら、着替えなさいよ。」
恵美は当たり前のように私に渡した。
まるで、あの頃と同じように。
私はそれを受け取り、静かに袖を通した。
恵美はそれを見て、少し満足そうに笑った。
しばらくして、恵美はカーテンを少しだけ開けた。
外はすっかり雨が止んでいた。
濡れた道路が、朝の光に鈍く光っている。
「コーヒー飲む?」
恵美は振り返りながら言った。
私は少し考えてから首を振った。
「いや、そろそろ行くよ。」
恵美は一瞬だけ黙った。
「そう。」
それ以上は何も言わなかった。
服を着て玄関に向かうと、恵美も後ろからついてきた。
ドアの前で立ち止まる。
どちらからともなく、少しだけ沈黙が流れた。
「また来なさいよ。」
恵美が小さく笑った。
「仕事の報告、あるでしょ。」
私は苦笑いした。
「そうだな。」
ドアノブに手をかけたまま、ふと振り返る。
恵美も同じようにこちらを見ていた。
私は一歩だけ近づき、恵美を軽く抱き寄せた。
恵美は抵抗することなく、そのまま体を預けてきた。
昔と変わらない感触だった。
私は恵美の頬に手を添え、そっと唇を重ねた。
短いキスだった。
それでも、どこか名残惜しい時間だった。
「……気をつけて。」
恵美は小さくそう言った。
私はうなずき、ドアを開けた。
エレベーターで一階に降り、マンションの外に出る。
夜通し降っていた雨は、すっかり止んでいた。
濡れたアスファルトから、静かな朝の匂いが立ち上っている。
私は携帯を取り出し、弘に連絡を入れた。
「兄貴?」
弘は私の電話で目が覚めたようで、寝惚けていた。
「変わりはなかったか?」
「あっ…はい、どうしたんすか?こんな時間に」
「いや、何もなかったならいい。起こして悪かったな、また電話する」
「わかりました。」
短くそれだけ話して電話を切った。
駐車場に停めていた車に乗り込み、エンジンをかける。
濡れた道路に、朝の光が反射していた。
私はハンドルを握り、早苗のマンションへ向かった。
窓の外では、朝の街がゆっくりと動き始めていた。

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