81話「兄貴が行ってるから」

ファミレスの駐車場で車のエンジンをかけた。

フーッと大きく息を吐く。

店の中では平然と話していたが、正直なところ神経はかなり使った。

相手の出方ひとつで、どう転んでもおかしくない空気だったからだ。

ハンドルに手を置いたまま、しばらく前を見つめる。

相撲に負けて勝負に勝つ。

さっき頭に浮かんだ言葉が、またよぎった。

今回はうまく収まった。

だがこの世界は、何がきっかけで状況がひっくり返るか分からない。

気を引き締めておかないといけない。

その時、携帯電話が鳴った。

弘からだった。

「もしもし」

電話に出ると、弘はすぐに口を開いた。

「兄貴、どうでした?」

「とりあえず話はついたよ。もう大丈夫だ」

そう言うと、電話の向こうで弘がホッとしたような声を出した。

「よかったっす。事務所であの子、ずっと心配してたんすよ」

「そうか」

「だから俺、言っといたんすよ。

兄貴が話に行ってるから大丈夫だって」

弘らしい言い方だと思った。

「それで、今どこだ?」

「いま駅の近くっす。兄貴は?」

「今ファミレス出たとこだ。近くまで来れるか?」

「行きますよ」

電話を切り、車をゆっくり走らせた。

駅の近くの路地に車を止めて待っていると、数分して弘が助手席のドアを開けて乗り込んできた。

「お疲れっす」

弘はそう言いながらシートに深く腰を下ろした。

「で、どうだったんすか?」

私はエンジンをかけたまま、さっきのファミレスでのやり取りを簡単に話した。

弘は腕を組んで黙って聞いていたが、話が終わると小さく息を吐いた。

「まぁ、とりあえず収まったならよかったっすね」

そう言いながらも、どこか納得しきれていない様子だった。

「この仕事はな」

私は前を見たまま言った。

「喧嘩して勝てばいいってもんじゃない」

弘は黙っている。

「話で収まるなら、それが一番いいんだ」

少しの沈黙のあと、弘がぽつりと言った。

「……そうっすね」

だがその横顔には、まだどこかやりきれないものが残っているようにも見えた。

店の電話が鳴り、弘は仕事に戻った。

少し前の自分も、きっと同じだったのだろう。

私は車をゆっくりと発進させた。

夜の街のネオンが、フロントガラスに流れていく。

この世界は、力だけで動いているわけではない。

言葉ひとつで、状況が大きく変わることもある。

そんなことを考えながら、私はアクセルを踏んだ。

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