ファミレスの駐車場で車のエンジンをかけた。
フーッと大きく息を吐く。
店の中では平然と話していたが、正直なところ神経はかなり使った。
相手の出方ひとつで、どう転んでもおかしくない空気だったからだ。
ハンドルに手を置いたまま、しばらく前を見つめる。
相撲に負けて勝負に勝つ。
さっき頭に浮かんだ言葉が、またよぎった。
今回はうまく収まった。
だがこの世界は、何がきっかけで状況がひっくり返るか分からない。
気を引き締めておかないといけない。
その時、携帯電話が鳴った。
弘からだった。
「もしもし」
電話に出ると、弘はすぐに口を開いた。
「兄貴、どうでした?」
「とりあえず話はついたよ。もう大丈夫だ」
そう言うと、電話の向こうで弘がホッとしたような声を出した。
「よかったっす。事務所であの子、ずっと心配してたんすよ」
「そうか」
「だから俺、言っといたんすよ。
兄貴が話に行ってるから大丈夫だって」
弘らしい言い方だと思った。
「それで、今どこだ?」
「いま駅の近くっす。兄貴は?」
「今ファミレス出たとこだ。近くまで来れるか?」
「行きますよ」
電話を切り、車をゆっくり走らせた。
駅の近くの路地に車を止めて待っていると、数分して弘が助手席のドアを開けて乗り込んできた。
「お疲れっす」
弘はそう言いながらシートに深く腰を下ろした。
「で、どうだったんすか?」
私はエンジンをかけたまま、さっきのファミレスでのやり取りを簡単に話した。
弘は腕を組んで黙って聞いていたが、話が終わると小さく息を吐いた。
「まぁ、とりあえず収まったならよかったっすね」
そう言いながらも、どこか納得しきれていない様子だった。
「この仕事はな」
私は前を見たまま言った。
「喧嘩して勝てばいいってもんじゃない」
弘は黙っている。
「話で収まるなら、それが一番いいんだ」
少しの沈黙のあと、弘がぽつりと言った。
「……そうっすね」
だがその横顔には、まだどこかやりきれないものが残っているようにも見えた。
店の電話が鳴り、弘は仕事に戻った。
少し前の自分も、きっと同じだったのだろう。
私は車をゆっくりと発進させた。
夜の街のネオンが、フロントガラスに流れていく。
この世界は、力だけで動いているわけではない。
言葉ひとつで、状況が大きく変わることもある。
そんなことを考えながら、私はアクセルを踏んだ。

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