店を出ると、春の日差しが街を明るく照らしていた。
私は弘の車の助手席へ乗り込む。
「弘、今からエンジェルタッチへ集金に行くぞ」
私は藤本の店がある地域を伝えた。
「ここから結構遠いっすね。でも俺も行って、花水木は大丈夫っすか?」
「美緒には話してあるから大丈夫だ。それと、美緒はアクセサリー販売でも動くことが増える。これからエンジェルタッチ関係の集金は、お前に任せることにした」
弘は嬉しそうに笑った。
「了解っす! 任せてください。それじゃ今日は兄貴とのドライブっすね」
そう言ってハンドルを握り、車を走らせる。
鼻歌交じりに運転する弘を見ながら、私はふと思い出した。
「そういえば、お前よく真希のストラップに気付いたな。アニメ好きだなんて知らなかったぞ」
弘は少し笑って首を振る。
「いや、別にアニメ好きってわけじゃないんすよ。この業界の子って、結構アニメとか漫画が好きな子が多いんすよね」
「そうなのか」
「はい。だから話のネタになるように、たまに漫画を読んだりしてるんすよ」
私は思わず感心した。
弘が女の子たちとすぐ打ち解けられるのは、こういう小さな気配りを積み重ねているからなのだろう。
しばらく車を走らせると、弘が何かを思い出したように口を開く。
「あっ、兄貴。俺、この仕事始めた頃から一日一回は駅へ行ってるじゃないっすか」
「ああ、お前よく駅にいるよな。駅で何かあったのか?」
「いや、届出制になってから、女の子をスカウトする奴らがかなり増えてきたんすよ」
「そんなにいるのか?」
「店の専属もいますし、フリーで動いてる奴もいます」
「見分けが付くのか?」
弘は前を見たまま頷いた。
「駅で毎日見てると分かるようになるんすよ。同じ仕事してる奴って、何となく雰囲気がありますから。それに観察してると、やっぱり女の子へ声を掛けてるんですよ」
私は黙って続きを待った。
「それで俺から話しかけるんすよ。話してるうちに、どこの店の専属か、フリーかも分かるんす」
「なるほど」
弘は頷きながら続ける。
「中には、しつこく付きまとってくる奴もいるんすよ。茉莉花も花水木も、電車やバスで来る子が多いじゃないっすか」
「そうだな」
「だからスカウトの連中と顔見知りになって、もしうちの子へ声を掛けようとしたら、『あの子は知り合いなんで』って先に言うようにしてるんすよ」
私は窓の外へ目を向けた。
私の目が届かないところでも、弘はこうして女の子たちを守るために動いてくれていたのだ。
「お前、なかなかやるじゃないか」
そう言うと、弘は照れくさそうに頭を掻いた。
「いやぁ、そんなことないっすよ」
「おい、前を見て運転しろ」
「ははっ。あんまり褒められることないっすから」
その言葉に、私も思わず笑ってしまう。
笑いが落ち着いた頃、私はふと気になっていたことを口にした。
「でも、しつこく付きまとったりして、どこかの店に在籍してる女の子だったら、トラブルになったりしないのか?」
「多少はあるみたいっすよ」
弘は表情を少し引き締めた。
「兄貴も知ってると思いますけど、スカウト同士や店とも揉めることがありますから」
「お前は大丈夫なのか?」
「俺はまだスカウトがほとんどいない頃から駅へ行ってましたからね。最近始めた奴らからすると、駅の主みたいに思われてるみたいなんすよ」
弘は照れ笑いを浮かべる。
「だから、よっぽどのことをしない限り揉めることはないっす」
そんな話をしているうちに、車はエンジェルタッチ近くの駐車場へ滑り込んだ。
フロントガラスの向こうには、久しぶりに見る『エンジェルタッチ』の看板が見えている。
私はドアを開け、ゆっくりと車を降りた。
「それじゃ、行くか」
「はい!」
弘は元気よく返事をすると、私の隣へ並んだ。
私たちは藤本の待つ店へ向かって歩き出した。

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