254話「その一歩先へ」

食事を終え、私と黒木ママは店を出た。

外へ出ると、冬の寒さも少し和らぎ、春を思わせる風が頬を撫でる。

黒木ママは私の方を向き、優しく微笑んだ。

「今日はありがとう。何かあったら、いつでも店に出ておいで」

私は深く頭を下げる。

「ありがとうございます。また勉強させてください」

「ふふっ。いつでも待ってるわ」

黒木ママはそう言うと車に乗り込み、ゆっくりと走り去っていった。

私は見えなくなるまでその車を見送り、自分の車へ向かう。

エンジンをかけると、黒木ママとの会話が自然と思い返された。

『だからね、私は人を見るの』

その言葉が何度も頭の中で繰り返される。

タレントに対する考え方。

人を信頼するということ。

それは、茉莉花や花水木で働く女の子たちと向き合う私自身の考え方にも、どこか通じるものがあった。

私はゆっくりと車を走らせ、茉莉花へ向かった。

事務所へ着くと、ちょうど送迎から戻ってきた早苗が車から降りるところだった。

私に気付くと、笑顔で大きく手を振る。

「おかえり」

「ただいま。送迎だったのか?」

「うん。今日も里奈は遠方に行ってるから、綾さんと私だけなんだよね」

そう言って少し嬉しそうに笑う。

二人で事務所へ入ると、私はそのまま二階へ向かおうとした。

すると早苗がリビングのドアを開けながら振り返る。

「今、女の子たちはみんな仕事で出払ってるから誰もいないよ」

「忙しくて何よりだな」

私はそう言ってリビングへ入った。

ソファーに腰を下ろすと、水槽の中では金魚がゆったりと尾びれを揺らしながら泳いでいる。

その姿をぼんやり眺めていると、キッチンからコーヒーの香りが漂ってきた。

しばらくして早苗がコーヒーとチーズケーキをテーブルへ並べ、私の隣に腰を下ろす。

「あのね、あなたに頼まれていたホームページを作るために、色々なサイトを見てたんだけどね」

私はカップを手に取りながら尋ねた。

「何か思いついたのか?」

「うん。ちょっと待ってて」

早苗はそう言うと二階へ上がり、すぐにノートパソコンを抱えて戻ってきた。

「これ、見て」

画面を私の方へ向ける。

そこには風俗店の口コミサイトが表示されていた。

「こんなサイトがあるのか」

思わず声が漏れる。

「お店を利用したお客さんが感想を書いたり、女の子を評価したりできるサイトなの」

私は画面を見つめながらマウスを操作する。

「なるほど……」

早苗は私の反応を見ながら微笑んだ。

「ねえ。この地域だけに特化したサイトを作ったら面白いと思わない?」

私は思わず画面から目を離し、早苗を見つめた。

「ホームページを作るだけじゃなく、そのサイト自体を作るっていうのか?」

「うん」

早苗は嬉しそうに頷く。

「この地域のお店や女の子の情報をまとめて、お客さんが口コミを書き込めるようなサイトにするの。そうすれば、お店を探している人も利用しやすいし、お店側にもメリットがあると思うんだ」

私はもう一度画面へ視線を戻した。

確かに、このようなサイトがあれば利用する人は少なくないだろう。

「なるほど……それは面白い発想だな」

そう呟くと、早苗は照れくさそうに笑った。

「ホームページを作るために色々調べてたらね、だったらこの地域全体を紹介するサイトがあってもいいんじゃないかなって思ったの」

私は自然と頷いた。

ホームページを作るだけでも十分な仕事だと思っていた。

だが早苗は、その先まで見据えていたのだ。

早苗は再び画面を切り替えながら、目を輝かせて説明を始める。

その横顔は、自分の考えを形にできる喜びに満ちあふれていた。

コメント