柔らかな陽射しがカーテンの隙間から差し込み、ゆっくりと目を覚ました。
「おはよう」
優しい声が聞こえる。
目を開けると、美緒がベッドの縁に腰掛け、いつものように私の寝癖を指で整えていた。
「おはよう……」
まだ少し眠そうな声で返すと、美緒は微笑む。
「よく眠れた?」
「ああ。久しぶりにぐっすり寝た気がするよ」
「良かった」
髪を整え終えた美緒は立ち上がった。
「コーヒー淹れてくるね」
「ああ、ありがとう」
私はベッドから起き上がり、リビングのソファーへ腰を下ろした。
ふと時計を見ると、昼を少し過ぎた頃だった。
私は携帯を手に取り、シゲさんへ電話をかける。
呼び出し音は一度鳴っただけだった。
「おっ、直人か! どうした?」
相変わらず元気な声に思わず笑みがこぼれる。
「シゲさん、ちょっと相談したいことがあるんです」
「相談?」
少し間があってから、シゲさんは笑った。
「電話じゃ何だからさ。今日の夜はラ・カシーナにいるから、出てくるか?」
「はい。行きます」
「よし。それじゃ後でゆっくり話を聞くよ」
「ありがとうございます」
電話を切ると、ちょうど美緒がコーヒーを運んできた。
「シゲさん?」
「ああ。今日の夜、ラ・カシーナで話そうって」
私はカップを受け取りながら答えた。
美緒は嬉しそうに頷く。
「良かったね」
「ああ」
コーヒーを一口飲む。
淹れたての香りが身体に染み渡っていく。
「今日の夜、一緒にラ・カシーナへ行こう」
「うん」
美緒は微笑んだ。
「それじゃ夜までに集金と花水木に行って、用事を済ませておくね」
「頼む」
穏やかな時間が流れていた。
午後になり、私は美緒のマンションを後にして茉莉花へ向かった。
茉莉花へ着くと、ちょうど早苗が送迎車から降りてきたところだった。
「あれ、送迎か?」
「うん」
早苗は笑って頷く。
「里奈は遠方のお客さんのところに行ってるから夕方まで戻らないし、綾さんも送迎に出てるの。だから今日は私も送迎してるの」
「忙しそうだな」
「ありがたいことにね」
二人で事務所へ入る。
早苗は振り返って笑った。
「コーヒー淹れてくるから、先に二階へ行ってて」
「分かった」
私は二階の部屋へ上がり、ソファーにもたれた。
ほどなくして、早苗がトレーを持って部屋へ入ってくる。
コーヒーと、きれいに切り分けられたロールケーキが並んでいた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
私はコーヒーを口に運びながら尋ねる。
「里奈ちゃんも綾さんもいるのに、早苗まで送迎に出るくらい忙しいんだな」
早苗は少し嬉しそうに笑った。
「出張で定期的に利用してくれるお客さんが増えてね。遠方の送迎も増えてるんだ」
「すごいな」
自然と感心する。
早苗はロールケーキを一口食べると、思い出したように顔を上げた。
「そういえば、クラブ黒木でのアクセサリー販売はどうだった?」
「うまくいったよ」
私は笑いながら頷いた。
黒木ママの紹介でシゲさんと知り合ったこと。
リトが新しい夢を見つけたこと。
今夜、そのシゲさんに相談へ行くこと。
一つひとつ、順を追って話していった。
早苗は最後まで黙って聞いていた。
話が終わると、ふわりと笑う。
「良かったね」
その笑顔は、自分のことのように嬉しそうだった。
「ありがとう」
私は照れくさそうに笑う。
「あなたなら大丈夫だよ」
「え?」
「黒木ママも、シゲさんも、リトも……みんな、あなただから力を貸してくれるんだよ」
その言葉に、私は少し考えてから頷いた。
「……そうかもしれないな」
一人では、きっとここまで来ることはできなかった。
人との出会いに恵まれてきたことを、改めて胸の奥で噛みしめる。
窓の外では、午後の陽射しが少しずつ傾き始めていた。
夜になれば、ラ・カシーナでシゲさんと会う。
その時間が、少しだけ待ち遠しかった。


コメント