茉莉花を出ると、外は少しずつ薄暗くなり始めていた。
私は車に乗り込み、美緒へメッセージを送る。
『今から帰る』
送信して間もなく、返信が届いた。
『私ももうすぐ着きます(^-^)』
思わず笑みがこぼれる。
エンジンをかけ、マンションへ向かった。
マンションへ着くと、美緒はすでに帰っていた。
玄関のドアを開けると、優しい笑顔が迎えてくれる。
「おかえり」
「ただいま」
リビングへ入ると、淹れたてのコーヒーの香りが部屋いっぱいに広がっていた。
二人でソファーに並んで腰を下ろす。
美緒は今日の集金のことや、花水木へ寄った時の出来事を楽しそうに話してくれた。
私はコーヒーを飲みながら、その話に耳を傾ける。
穏やかな時間が静かに流れていった。
話がひと段落したところで時計を見る。
「そろそろ準備しようか」
「うん」
私たちは支度を済ませ、マンションを後にした。
飲み屋街へ着く頃には、辺りはすっかり夜の表情になっていた。
駐車場へ車を停め、美緒と並んで歩く。
「どんな店なんだろうね」
美緒は少し楽しそうに笑う。
「俺も初めてだから楽しみだよ」
やがて五階建てのビルの前で足を止めた。
ラ・カシーナは、その五階にある。
エレベーターに乗り、ゆっくりと五階へ上がる。
扉が開くと、正面には木製のドアがあった。
その上には、大きなカジキマグロのオブジェ。
そして、温もりのある木製の看板に『La Casina』の文字が刻まれている。
ドアの向こうからは、ギターやドラムの音が微かに聞こえてきた。
私は美緒と顔を見合わせ、小さく頷く。
ドアを開けると、店長らしき男性が笑顔で頭を下げた。
「いらっしゃいませ」
その声に、カウンターへ座っていたシゲさんが振り返る。
「おっ、直人来たか! 美緒ちゃんもいたんだな!」
日に焼けた肌に白い歯をのぞかせながら、豪快に笑う。
「お邪魔します」
美緒が軽く頭を下げると、シゲさんは笑って手を振った。
「固い挨拶はいいよ。それより飯は食ったか?」
「いえ、まだです」
「よし! それじゃあ、あっちに座って待っててくれ」
シゲさんは店の奥にあるテーブル席を指差した。
私たちは席へ着き、店内をゆっくり見回した。
照明は少し落とされ、船を思わせる落ち着いた空間が広がっている。
壁には舵輪や錨が飾られ、丸い窓が船旅を思わせる雰囲気を演出していた。
カウンターには柔らかな光を灯すマリーンランプ。
手すりには太いロープが巻かれ、ビール樽を利用したテーブルが並んでいる。
まるで一隻の船へ乗り込んだような、不思議な気分になる店だった。
そして、その空間の中心には、日に焼けた肌に白いシャツ、口髭をたくわえたシゲさんがいる。
この店は、まるでシゲさん自身を表しているようだった。
私はもう一度店内を見渡す。
初めて訪れた店なのに、不思議と居心地が良かった。
しばらくすると、シゲさんが笑顔でこちらのテーブルへ歩いてきた。


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