気がつけば、駅のロータリーには始発電車を待つ人の姿がちらほら見え始めていた。
空も、ほんのわずかに白み始めている。
「もう始発の時間か」
私がそう呟くと、リトも空を見上げて苦笑した。
「いっぱい話したネ」
「ああ」
私は笑って頷いた。
「じゃあ、まず何から始めればいいか決めよう」
リトは真剣な表情で私を見る。
「リトはフィリピンサイドでエージェントをするには何が必要なのか調べてみてくれ。資格や手続き、紹介会社のことでも何でもいい。」
「ウン」
「俺は日本サイドを調べる。制度や法律、受け入れ先のことも含めて、一つずつ整理してみるよ」
リトは力強く頷いた。
「次に会う時、お互い調べたことを持ち寄ろう」
「ウン。頑張るヨ」
その返事は、もう迷いのない声だった。
私は車を走らせ、リトをマンションまで送る。
車を降りる前、リトはもう一度こちらを向いた。
「ナオト」
「ん?」
「本当にありがとう」
私は笑って頷いた。
「これからが始まりだからな」
リトは嬉しそうに笑い、軽く手を振ってマンションへ入っていった。
その後ろ姿が見えなくなるまで見送り、私は美緒のマンションへ向かった。
マンションへ着いた頃には、すっかり朝になっていた。
美緒はもう寝ているだろう。
そう思い、インターホンは鳴らさず鍵で静かにドアを開ける。
すると玄関には、美緒が立っていた。
「おかえり」
優しい笑顔だった。
その一言だけで、不思議なくらい疲れが和らいでいく。
「ただいま」
私が笑うと、美緒も安心したように微笑んだ。
「コーヒー淹れるね」
そう言ってキッチンへ向かう。
私はリビングのソファーへ腰を下ろし、大きく息をついた。
しばらくすると、美緒がトレーを持って戻ってきた。
淹れたてのコーヒーと、きれいに切り分けられたサンドウィッチ。
「夜中に作っておいたの。お腹空いてると思って」
私は思わず笑ってしまう。
「ありがとう。本当にお腹減ってたんだ」
「いただきます」
二人でコーヒーを飲みながら、サンドウィッチを口に運ぶ。
「それで、リトどうだった?」
私はロータリーで話したことを、美緒へゆっくりと話した。
リトが覚悟を決めたこと。
自分から手を差し出してくれたこと。
そして──
『ナオトは、もう友達じゃないヨ。ファミリーと同じだヨ』
そう言ってくれたこと。
話し終えると、美緒は嬉しそうに微笑んだ。
「良かったね」
私は静かに頷く。
「うん」
「リトは、エージェントの仕事の方が絶対に向いてるよ」
その言葉に、私も自然と笑みがこぼれた。
「これからは準備だな」
「そうだね。何から始める?」
二人で思いつくことを一つずつ挙げていく。
必要な知識。
日本とフィリピン、それぞれの制度。
人との繋がり。
経験。
焦らず、一歩ずつ。
そんな話をしているうちに、一人の顔が頭に浮かんだ。
「あっ……」
「どうしたの?」
私は美緒を見た。
「シゲさんだ」
「シゲさん?」
「あの人なら、この仕事のことをよく知ってる。相談すれば、きっと何かヒントをもらえる」
美緒は納得したように頷いた。
「うん。それがいいね」
私はコーヒーカップをそっと置いた。
次に会う相手は決まった。
未来へ向かう最初の一歩は、もう始まっていた。

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