「どうして急に気になったノ?」
リトに聞かれ、私は肩をすくめた。
「せっかく知り合ったのにさ。何も知らないのも変だろ」
リトは一瞬きょとんとしたあと、クスッと笑った。
「確かにそうだネ」
そしてグラスを置く。
「じゃあ少し話するヨ」
私は思わず身を乗り出した。
するとリトは最初に意外な事を言った。
「まずネ。フィリピン人が日本に来るのは簡単じゃないヨ」
「そうなのか?」
私は首を傾げる。
正直、そこまで難しいものだとは思っていなかった。
リトは頷いた。
「日本はすごく厳しいネ。いろんな条件をクリアしないといけないヨ」
「へぇ」
美緒も興味深そうに聞いている。
隣のテーブルにいるメイたちも、こちらの話が聞こえたのか笑顔で耳を傾けていた。
「まずフィリピン側のプロモーターと日本側のプロモーターがいるネ」
「プロモーター?」
「簡単に言うと、日本で働くための手続きを進める人たちヨ」
私は小さく頷いた。
「それで、すぐ日本に来られる訳じゃないネ」
リトは続ける。
「最初にARBへ行くヨ」
「ARB?」
「学校みたいな所ネ」
「学校?」
「うん。日本語とか日本の文化とか勉強するヨ」
私は思わず感心した。
そんな事までしているとは知らなかった。
「全然知らなかったな」
「私も」
美緒も驚いたように目を丸くしていた。
美緒も同じだったらしい。
リトは笑った。
「みんな意外と知らないネ」
そして続ける。
「その課程を終わらせて証明書をもらうヨ」
「それで終わり?」
「まだまだネ」
リトは肩をすくめた。
「次はテストするヨ」
「テスト?」
「シンガーに向いてるか。ダンサーに向いてるか」
私は思わず聞き返した。
「そんなのまであるのか?」
「あるヨ」
リトは当然のように言う。
「歌が得意ならシンガー。ダンスが得意ならダンサーネ」
「へぇ……」
私は感心しながらマンゴージュースを飲んだ。
思っていたよりずっと本格的だった。
「テストに受かったらレッスンもあるヨ」
「レッスン?」
「シンガーなら歌。ダンサーならダンスネ」
「大変だな」
「そうネ」
リトは苦笑した。
「それに日本へ提出する書類もいっぱいあるヨ」
「書類もか」
「うん。結構大変ネ」
私は思わず唸った。
話を聞けば聞くほど簡単な話ではない。
店で楽しそうに働いている彼女たちにも、そこへ来るまでの努力があったのだ。
その時。
「本当に大変だったヨ」
後ろから声がした。
振り返ると、メイが笑っていた。
「日本来る前、いっぱい勉強したネ」
その言葉に、私は思わずメイを見る。
今まで聞いた事もなかった話だった。
「メイもそんな勉強したのか?」
私が聞くと、メイは笑顔で頷く。
「したヨ」
そう言いながら席を立ち、私たちのテーブルへやって来る。
他のタレントたちも興味を持ったのか、そのまま付いてきた。
気付けばテーブルはさらに賑やかになっていた。
「日本語も勉強したネ」
メイが言う。
「最初は全然分からなかったヨ」
「そうなのか?」
私は少し意外だった。
今では普通に会話しているからだ。
「ひらがなとかカタカナとか覚えるの大変だったネ」
「私も外国語は苦手だから分かるかも」
美緒が苦笑する。
メイは大きく頷いた。
「日本語は難しいヨ」
その言葉にみんなが笑った。
「それでね」
リトが話を戻す。
「レッスンとか試験とか全部終わったら、日本のプロモーターのオーディションがあるヨ」
「オーディションか」
私は思わず呟いた。
なんだか芸能界みたいな話だ。
「そこで選ばれた子が日本へ来られるネ」
「全員じゃないのか?」
「違うヨ。選ばれるまで、何回もオーディション受けないとダメネ」
リトは首を振った。
「人数も決まってるしネ」
私は思わず息をついた。
思っていたより遥かに狭き門だった。
「じゃあみんな、そのオーディション受けてきたんだな」
私が言うと。
メイたちは顔を見合わせた。
そして。
「そうだヨ」
「緊張したネ」
「私は前の日眠れなかったヨ」
口々に話し始める。
その様子はどこにでもいる普通の女の子たちだった。
だけど。
そこまで来るために積み重ねてきたものは決して小さくない。
私は少し考えた。
今までタレントという言葉だけで見ていた。
だけど実際には違った。
勉強をして。
試験を受けて。
レッスンを重ねて。
オーディションを突破して。
ようやく日本へ来ているのだ。
「思ってたより大変なんだな」
私が正直な感想を口にすると。
リトが笑う。
「だから簡単には来れないヨ」
メイも頷いた。
「でも日本来たかったネ」
「そうなのか?」
「うん」
メイは迷いなく答えた。
「家族のためもあるし、自分の夢もあるヨ」
私は思わず黙る。
夢。
その言葉が少しだけ心に残った。
ただ日本へ来て働いているだけではない。
それぞれに理由があるのだろう。
そんな事を考えていると。
メイが急に笑った。
「でもネ」
「ん?」
「日本来て一番びっくりした事あるヨ」
「何だ?」
すると周りのタレントたちまで笑い始める。
どうやら全員に関係する話らしい。
私は首を傾げた。
「何だよ?」
メイは楽しそうに言った。
「それはネ――」
そして、メイは目を輝かせて言った。
「雪!初めて見た時ドキドキしたネ!すごくキレイだったヨ!」
他のタレントたちも大きく頷いていた。
メイは続ける。
「でも…冬は寒すぎるヨー!」
店内に笑い声が響いた。

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