朝、顔に触れる手の温もりと、耳元で優しく呼ぶ美緒の声で目が覚めた。
「直人さん、起きようか」
薄く目を開けると、美緒がベッドに座り小さく笑っていた。
カーテンの隙間から昼前の光が部屋へ入り込んでいる。
昨日の疲れがまだ身体に残っていた。
「……何時?」
「もうすぐお昼」
私は支えられながら身体を起こす。
美緒は、私の髪を優しく手で整えながら言う。
「今日、午後からエンジェルタッチ行ってくるね」
「集金?」
「うん。それと帰りに警察署寄って、届出制がいつ頃から受付なのか聞いてこようと思って」
私はその言葉に頷く。
届出制の話は、最近ずっと気になっていた。
営業の形を変える準備はもう出来ている。
「分かった。気を付けて」
「うん」
美緒はそう言うと、小さく笑った。
「そっちは?」
「うん、高梨社長に連絡入れたりかな」
「昨日、思った以上に売れたからね」
「ああ、次の分の補充しとかないとな」
「だね」
美緒は軽く頷くと、そのまま部屋を出る準備を始めた。
私は顔を洗いながら、昨日のことを思い出していた。
アクセサリー。
契約書。
売上金。
思っていた以上に、流れは動き始めている。
どこまで広がっていくのか。
でも、確実に昨日までとは違っていた。
昼過ぎ、私は茉莉花へ戻った。
玄関の扉を開けると早苗がすぐにリビングから出てきた。
「おかえり」
その声に、少しほっとする。
リビングに入ると店はもう動き出していて、里奈ちゃんや綾さんは送迎に出ていた。
「コーヒー淹れるから、先に二階へ行ってて」
早苗はそう言いながらキッチンへ向かった。
私は二階に上がり、いつものソファーに体を預けた。
しばらくすると早苗がコーヒーを持って部屋に入ってきた。
カップをテーブルに置き、隣に座りながら思い出したように言った。
「あっ、さっき由美さんから連絡あったよ」
私はその言葉に体を起こす。
「陣さんは?」
「変わりないって。月一で面会行ってるみたい」
早苗は静かに続けた。
「面会は友達が車出してくれてるから、心配しないでくださいって言ってた」
私は小さく頷く。
陣さんが刑務所に行ってからも、時間だけは普通に流れていく。
忘れていたわけじゃない。
頭の隅のどこかに、いつも残っている。
少し間を空けてから、私は昨夜の話をした。
「昨日、結構売れたよ」
「アクセサリー?」
「うん。思ってたより動いたよ」
早苗は少し驚いたように目を丸くする。
「そんなに?」
「リトの人柄と人脈が大きいね。これからタレント同士で広がっていく感じがする」
そう言いながら、私は昨夜の空気を思い出す。
楽しそうにアクセサリーを選ぶタレントたち。
自然に輪の中心へ入っていくリト。
そして契約書と売上金。
「この前、早苗が言ってた茉莉花の女の子たちにも販売する話あっただろ。今度それに合わせたアクセサリーも仕入れてみようと思うんだ」
その言葉に、早苗は頷く。
「うん。絶対好きな子いると思う」
「タレントたちと違って、茉莉花の女の子たちは日払いだろ」
私はコーヒーを一口飲んで続ける。
「だから販売は、早苗に任せるよ」
「分かった。それじゃこの間言っていたアクセサリーを揃えてね」
早苗は少し嬉しそうに微笑んだ。
私は携帯を取り出し、高梨社長へメールを送る。
フィリピン人向けのアクセサリーに加えて、日本人の若い女の子向けの商品も見てみたいこと。
送信ボタンを押すと、小さく息をついた。
少しずつ。
でも、確実に広がり始めている。
夕方頃、美緒からメールが入る。
『今から、家に戻ります』
私はそのメールを見ながら、窓の外へ目を向けた。
空はもう薄暗くなり始めていた。
夜、美緒のマンションへ戻る。
部屋へ入ると、美緒はソファへ座りながらコートを脱いでいた。
「おかえり」
「ただいま」
私は隣へ腰を下ろす。
「どうだった?」
そう聞くと、美緒は少し疲れたように息をついた。
「届出制、二月から受付始まるみたい。でも日付までは、まだはっきり分からないって言ってたよ」
「そうなんだ」
「うん。二月入ったらまた警察署に電話してみるね」
美緒は小さく微笑む。
「必要書類は、もう揃ってるし大丈夫だと思う」
そう言って、美緒はバッグの中から領収書や現金の入った封筒を取り出す。
手帳を広げ、エンジェルタッチの集金の整理をしていく。
私はそんな美緒を見ながら、ぼんやりと考える。
アクセサリー販売。
届出制の受付が始まる事。
そして……頭の片隅にある陣さんのこと。
昨日から、色んなものが少しずつ動き始めている。
まだ先は見えていない。
でも今は、その流れの中を進んでいくしかなかった。

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