117話「花水木の部屋」

美緒のマンションに通うことが、いつの間にか当たり前になっていた。

夜になるとそこにいて、

朝になると一度自分の生活に戻る。

そんな繰り返しが、妙にしっくりきていた。

このまま続いていくんだろうと、

なんとなく思っていた。

美緒はホームページを作ると言った日から、パソコンに向かう時間が少しずつ増えていった。

大学時代の友達に連絡を取りながら、

分からないことを一つずつ潰していく。

画面に映る文字やデザインは、私にはよく分からなかったが、

それでも確実に“形”になっていくのは伝わってきた。

「よしっ!今日はここまで。続きはまた明日」

美緒はそう言うと、ノートパソコンを閉じた。

「昼間からずっとしていたんだろ?疲れたんじゃないか」

目頭を指で押さえている美緒に言った。

「大丈夫です。パソコンは昼間に集中して、夜はあまりしないようにしてますから」

「昼の方がはかどるのか?」

「だって夜は直人さんが来るから。

パソコンしてたら放ったらかしになって、構ってあげられないじゃないですか」

「あっ、なんか俺、子供扱いじゃないか」

「直人さんて、子供みたいなところありますよ」

美緒はクスッと笑った。

「どこがだよ」

「うーんとね。ケチャップやチョコレートが好き。

たまに下着や靴下を裏返しに履いてるところとか」

「あと、子供みたいに無邪気な笑顔をするところもかな」

私が下を向いて苦笑いすると、美緒が「ほらっ!その顔もですよ」と指差して笑った。

「あっ、これ持っててください。

私が出かけてるとき、この前みたいに車で待たせるといけないから」

美緒はそう言って、バッグから鍵を取り出しテーブルに置いた。

「それじゃ、ご飯の準備してきますね」

美緒はそう言ってキッチンに向かった。

私は鍵を手に取り、ソファーにもたれかかった。

それは美緒がいつも使っている部屋の鍵で、四枚の花びらをモチーフにした真鍮のチャームがぶら下がっていた。

私はそのチャームを眺めながら、花水木の花びらなんだろうなと思った。

そんなことを考えていると、

「はい、できましたよ。今日はハンバーグにしました」

美緒がお皿をテーブルに並べた。

「今日は、ケチャップベースのソースにしてますからね」

美緒は微笑んだ。

「おお、美味そう!」

私が夢中で食べているのを、美緒は満足げな笑顔で見ていた。

「ねぇ、直人さん。花水木のことなんですけど」

美緒は少し真面目な顔で言った。

「どうした?」

「この業界って、女の子が接客して、お客さんから料金をもらうじゃないですか。

その何割かがお店の売上になって成り立っている仕組みでしょ」

美緒は少し間を置き、続けた。

「それじゃ、お店にお金を何割か払っている女の子って、店側から見たらお客さんと同じだと思いませんか。

女の子がお客さんを接客する。

店は女の子を接客する気持ちで接する。」

「なるほどな。言われてみたら、その通りだよな」

「いろんな女の子がいるからケースバイケースですが、

お店側は基本的にそういう気持ちが大事だと思うんです。

細かい部分はちゃんと手帳に書いてますから」

「今度、弘も交えて三人で作戦会議をしないといけないな」

「はい、しましょう!」

美緒はニコッと笑った。

その夜、いつものように二人でベッドにいた。

私がふと目を覚ますと、カーテンの向こうは夜明けが近い雰囲気だった。

隣に目をやると、美緒がベッドの上で膝を抱えて座っていた。

その横顔は、どこか儚げで、悲しそうな目で遠くを見ているようだった。

そんな美緒の顔を、私は初めて見た気がした。

私は、美緒が何を想っているのか分かっていた。

それでも、声をかけることはせず、静かに目を閉じた。

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