美緒のマンションを出ると、まだ暑さが残る中にも、少しずつ涼しさや秋の気配が感じられた。
私は車に乗り込み、携帯を取り出してエンジェルタッチの藤本に連絡を入れた。今から店に行くことを伝える。
エンジェルタッチに話を通しておく必要があった。
集金は、今日から美緒に任せる。
信頼しているから、というのもあるが――
それ以上に、美緒を中途半端なまま店に置いておく気にはなれなかった。
アクセルを踏み込みながら、ふと昨夜のことを思い出す。
「それじゃ今日からは美緒だ」
あのときの表情が、妙に頭に残っていた。
車を止めてドアを開けると、見慣れたパステルカラーの看板が目に入る。
エンジェルタッチ。
ドアを開けて店に入ると、すぐに藤本が奥から出てきた。
「直人さん、何かあったんですか?」
そう言いながら、奥の事務所へ案内される。
「コーヒーでいいですか?」
「はい」
私はそう答え、事務所のソファーに腰を下ろした。
藤本が紙コップに入ったコーヒーを二つ持ってきて、向かいのソファーに座る。
そのタイミングで口を開いた。
「こちらの集金のことなのですが、次回から白石美緒が担当することになりました」
「白石、美緒……ああ、美緒ちゃんですね」
藤本は一瞬だけ考え込むような表情を見せたが、すぐに頷いた。
「はい。LINK CORPORATIONで働くことになったので」
「そうですか。それは良かったです。直人さんのところなら安心ですね」
藤本は、ほっとしたような顔をした。
少しの間を置いて、コーヒーを一口飲む。
「美緒ちゃんは……」
そこで一度、言葉を切った。
「若いのに、苦労してるというか……可哀想な子なんですよ」
私は何も言わず、藤本の次の言葉を待った。
「いや、まぁ……直接聞いたわけじゃないんですけどね」
少しだけ苦笑いを浮かべる。
「ウチで知り合って仲が良くなった子がいて、その子から聞いた話なんですけど……」
藤本は視線を落としながら、ぽつりぽつりと話し始めた。
「母子家庭で育ったらしくて……大学卒業前に、お母さんも亡くなったみたいで」
一度、言葉が途切れる。
「奨学金の返済もあったらしくて……それに、留学したいっていう夢もあったみたいで」
小さく息をついた。
「そのために、この仕事を始めたって話でした」
私は最後まで、何も言わずに聞いていた。
エンジェルタッチを出て、車に乗り込む。
シートに深くもたれかかり、しばらく天井を見上げた。
いつも明るく振る舞っている美緒に、そんな過去があったとは思いもしなかった。
私は、美緒の人生を変えてしまうことが、いいのか悪いのか分からなかった。
それでも――
朝、嬉しそうに笑っていた顔が、頭から離れなかった。

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