100話「広がる前兆」

エンジェルタッチに連絡を入れたのは、昼過ぎだった。

奈緒から聞いていた話と、弘からの補足を頭の中で整理しながら、電話口の相手と言葉を交わした。

先方は妙に話が早く、できれば今日にでも会いたいと言ってきた。

急ぐ理由は、金利の支払い日が迫っているからだと想像できた。

本来であれば向こうが出てくる流れだったが、店の雰囲気や客の入りも見ておきたかったため、こちらから出向くことにした。

その日の夜に顔を出すことになり、二百万を用意した。

最初から貸し付けるつもりでいた。

あとは、こっちが考えている条件をどう納得させるかだと思っていた。

エンジェルタッチは、雑多な飲み屋街の中にあった。

一本裏に入った通りで、人通りはあるが、表通りほどの騒がしさはない。

隣にはパチンコ店があり、絶えず機械音が漏れていた。

店の看板は場違いなほどメルヘンチックで、パステルカラーを使った柔らかいデザインだった。

その柔らかい雰囲気は、客にとっては入りやすいのかもしれない。

車を降りたとき、ちょうど一組の客が店から出てきた。

男性スタッフが一緒に外まで出て、丁寧に頭を下げて見送っている。

扉を開けると、別の男性スタッフがこちらに気づき、にこやかな笑顔を向けてきた。

客だと思ったのだろう。

「いらっしゃいませ」

そう声をかけられながら、店内に足を踏み入れた。

待合には数人の客が座っており、順番を待っている様子だった。

接客も行き届いていて、客の入りも悪くない。

一見すると、問題はなさそうだった。

「LINK CORPORATIONの村上です」

そう名乗った。

「あっ、こちらにどうぞ」

店の奥にある事務所へ通されると、二人の男が待っていた。

一人は小太りで、後ろで束ねた髪に眼鏡。

口元にはうっすらと髭があり、どこか愛嬌のある顔つきをしている。

太ったネズミのような印象だった。

もう一人は対照的に、長身で細身。

やや長めの髪に緩いパーマがかかっていて、整った顔立ちをしている。

人当たりの良さそうな笑顔を浮かべていた。

どちらが藤本で、どちらが相沢かは、すぐに分かった。

軽く挨拶を交わしたあと、二人の関係を聞かされた。

学生時代の先輩と後輩らしい。

それ以上のことは、特に気にしなかった。

実際、話は驚くほどスムーズに進んだ。

店側の対応も落ち着いていて、余計な駆け引きもなかった。

話を進めていたのは藤本だったが、要所で相沢の方を見て判断を仰いでいた。

それに対して相沢は、短く答えるだけで、ほとんど口を挟まない。

だが最終的な決定は、すべてその一言で決まっているようだった。

場所が離れている以上、日掛けでの回収は現実的ではない。

そのため、月一での集金とし、金利も同様に月一での支払いとする形を提示した。

加えて、保証人には相沢をつけることを条件にした。

藤本は一度相沢の方を見て、短く何かを確認する。

相沢は小さく頷いただけだった。

それで話はまとまった。

特に揉めることもなく、その場で貸し付けることになった。

用意していた二百万を渡し、必要な確認だけを済ませる。

それで、すべてが終わった。

何も問題はなかった。

書類の確認が終わると、コーヒーが出された。

手続きが終わったあとの空気は、どこか緩んでいた。

その場の空気を引き取るように、相沢が世間話を始める。

奈緒のことに触れながら、穏やかに会話が流れていく。

藤本はカップを手にしたまま、少し間を置いてから口を開いた。

「もし、私の知り合いで借りたいって人がいたら、月一で回してもらうことってできますか?」

どこか探るような言い方だった。

私は一度だけ相沢の方を見る。

相沢は変わらず、柔らかい笑みを浮かべていた。

「条件次第で大丈夫ですよ」

そう答えると、藤本は小さく頷いた。

「それじゃあ、数日以内に連絡入れます」

それ以上、話が広がることはなかった。

店を出ると、夜の空気は少しだけ冷えていた。

車に乗り込み、エンジンをかける。

用意していた金は、そのまま借用書に変わった。

何も問題はなかった。

藤本の「数日以内に連絡します」という言葉を思い返し、この街で仕事が広がっていく予感があった。

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