私は弘の話を聞いて、ふと早苗の言葉を思い出した。
『私もリトに会ってみたいな。あなたの話を聞いてると、きっといい人だと思う』
私は静かにリトへ向き直った。
「リト。一つ話しておきたいことがあるんだ」
リトは不思議そうに私を見る。
「ナニ?」
私はマンゴージュースを一口飲み、小さく息をついた。
「今度、リトに会わせたい人がいる」
「会わせたい人?」
「ああ。早苗っていう女性なんだけどな」
リトは首を傾げた。
「ミオじゃないノ?」
私は静かに首を横へ振る。
「いや、違う」
少しだけ間を置く。
「実は元々、俺には早苗という彼女がいるんだ」
リトは何も言わず、黙って耳を傾けている。
「早苗は、俺が何もない頃からずっと支えてくれた。拘置所を出て、何も持っていなかった俺を信じ続けてくれた人なんだ」
私は一度言葉を切り、美緒の笑顔を思い浮かべた。
「そのあと美緒と知り合って、一緒に仕事をするようになった。毎日一緒に過ごしているうちに……気づけば惹かれていた」
私はテーブルへ視線を落とした。
「今の俺は、早苗も美緒も、二人とも愛してる」
しばらく沈黙が流れた。
リトは驚いたような表情を浮かべたが、やがて優しく微笑んだ。
「ソウだったのカ……」
私は静かに頷く。
するとリトは少し笑いながら言った。
「でも、なんとなく分かってたヨ」
私は思わず顔を上げた。
「分かってた?」
「ウン。ナオトだったら仕方ないヨ」
私は苦笑いを浮かべる。
「どういう意味だ、それ」
「だってポギーだし、優しいからネ」
「褒めてるのか、それ」
「もちろんだヨ」
二人で思わず笑った。
笑い声が落ち着くと、リトは少し真剣な表情になった。
「ナオト。バハラナって知ってる?」
私は首を横へ振る。
「いや、知らない」
「タガログ語だヨ」
リトはゆっくりと言葉を続けた。
「『もう仕方ない』『なるようになる』っていう意味ネ」
私は黙って耳を傾ける。
「二人の女の子を愛してしまったなら……それはバハラナだヨ」
私はその言葉を静かに繰り返した。
「バハラナ……」
「ウン。もう愛してしまったなら仕方ないヨ」
リトは少し間を置き、まっすぐ私を見つめた。
「ナオトはミオかサナエさん、どっちか選べるノ?」
私は何も答えられなかった。
リトは優しく微笑む。
「できないでしょ?」
私は小さく頷いた。
「……ああ」
「だから前へ進むしかないネ」
私は小さく笑った。
「そうか」
胸につかえていた何かが、少しだけ軽くなった気がした。
リトはマンゴージュースを一口飲み、いつもの笑顔を見せる。
「だからサナエさん紹介してヨ。ミオにも会いたいし、サナエさんにも会ってみたいネ」
「分かった。今度リトに会わせるよ」
「ウン。ナオトが愛した人なら、きっと素敵な人なんだろうナ」
私は静かに頷いた。
リトに話して良かった。
そう思えた。
店内では女性ボーカルがタガログ語の静かで切ない歌を歌っていた。
その歌声は穏やかな夜の空気に溶け込むように、いつまでも優しく響いていた。

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