エンジェルタッチを出ると、私たちは車へ乗り込んだ。
弘はエンジンをかけ、駐車場からゆっくりと車を走らせる。
「藤本さんって初めて会いましたけど、自分が想像していたのと全然違ったっす」
私は助手席から弘へ目を向ける。
「何が違った?」
「もっといかつい人かと思ったっす。でも優しそうな人でしたし、スタッフも礼儀正しかったです。店もしっかりしてそうでした」
私は小さく笑った。
「そうだな。風俗店の経営者って、一癖ありそうな奴も多いからな」
「そうっすよね」
弘は頷きながらハンドルを握る。
「兄貴」
「ん?」
「さっき藤本さんにスカウトを始めたって言ってましたよね。でも俺、駅には行ってますけど、スカウトらしいことってほとんどしてないっすよ」
苦笑いする弘を見て、私は静かに頷く。
「ああ、分かってる」
私は窓の外へ目を向けながら続けた。
「でも、この先もずっとしないとは限らないだろ。それに駅でお前を知ってる人間は、お前が風俗業界の人間だって分かってる」
「はい」
「そのうち女の子から相談されることもある。店を変わりたいとか、地元じゃ身バレが怖いから他の地域で働きたいとか、そんな話がな」
弘は少し考えるような表情を浮かべた。
「そうっすね。実際、それっぽい相談を受けたことあります」
「だろ?」
私は弘へ視線を向ける。
「それじゃ聞くけど、女の子から見たデリと箱の一番大きな違いって何だと思う?」
「デリと箱っすか……」
弘は少し考え込む。
「仕事内容はほとんど同じっすよね。あっ、お客さんのところへ行くか、店で待つかの違いっすか?」
私は笑みを浮かべた。
「それも間違いじゃない」
一呼吸置いて続ける。
「でも女の子からすると、お客さんの顔を確認できるかどうかも大きいんだ」
「確認ですか?」
「箱は待合室の一部がマジックミラーになってる店もある。女の子は知り合いじゃないか、お客さんの顔を確認できるんだ」
弘は驚いたように目を丸くした。
「そんな店もあるんすか」
私は頷く。
「でもデリヘルはそうはいかない。店も女の子も確認するのは難しい」
「ああー!」
弘は納得したように声を上げた。
「なるほどっすね」
「だから、この先お前がスカウトしたり相談を受けたりした時、デリだけじゃなく箱も紹介できた方が仕事の幅は広がる」
「なるほど! さすが兄貴っすね」
私は首を横へ振る。
「でもな」
弘が私を見る。
「紹介先は多ければいいってもんじゃない」
私は少し間を置いた。
「俺たちが『この店なら大丈夫だ』って胸を張って紹介できる店だけだ」
弘は真剣な表情で力強く頷く。
「はい」
「藤本のエンジェルタッチは大丈夫だ。俺から見ても、美緒の話を聞いていても間違いない」
私は窓の外へ視線を移した。
「でも黒岩たちみたいなグループは違う」
その名前を口にしただけで、車内の空気が少しだけ引き締まる。
「あいつらとは付き合っていく気もない。考え方もやり方も、俺たちとはまるで違うからな」
弘は大きく頷いた。
「そうっすね」
気づけば西へ傾いた陽が街を柔らかな色に染め始めていた。
その時だった。
ポケットの中で携帯電話が震える。
私は取り出して画面を見る。
表示されていた名前は――リトだった。

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