265話「信頼できる店」

エンジェルタッチを出ると、私たちは車へ乗り込んだ。

弘はエンジンをかけ、駐車場からゆっくりと車を走らせる。

「藤本さんって初めて会いましたけど、自分が想像していたのと全然違ったっす」

私は助手席から弘へ目を向ける。

「何が違った?」

「もっといかつい人かと思ったっす。でも優しそうな人でしたし、スタッフも礼儀正しかったです。店もしっかりしてそうでした」

私は小さく笑った。

「そうだな。風俗店の経営者って、一癖ありそうな奴も多いからな」

「そうっすよね」

弘は頷きながらハンドルを握る。

「兄貴」

「ん?」

「さっき藤本さんにスカウトを始めたって言ってましたよね。でも俺、駅には行ってますけど、スカウトらしいことってほとんどしてないっすよ」

苦笑いする弘を見て、私は静かに頷く。

「ああ、分かってる」

私は窓の外へ目を向けながら続けた。

「でも、この先もずっとしないとは限らないだろ。それに駅でお前を知ってる人間は、お前が風俗業界の人間だって分かってる」

「はい」

「そのうち女の子から相談されることもある。店を変わりたいとか、地元じゃ身バレが怖いから他の地域で働きたいとか、そんな話がな」

弘は少し考えるような表情を浮かべた。

「そうっすね。実際、それっぽい相談を受けたことあります」

「だろ?」

私は弘へ視線を向ける。

「それじゃ聞くけど、女の子から見たデリと箱の一番大きな違いって何だと思う?」

「デリと箱っすか……」

弘は少し考え込む。

「仕事内容はほとんど同じっすよね。あっ、お客さんのところへ行くか、店で待つかの違いっすか?」

私は笑みを浮かべた。

「それも間違いじゃない」

一呼吸置いて続ける。

「でも女の子からすると、お客さんの顔を確認できるかどうかも大きいんだ」

「確認ですか?」

「箱は待合室の一部がマジックミラーになってる店もある。女の子は知り合いじゃないか、お客さんの顔を確認できるんだ」

弘は驚いたように目を丸くした。

「そんな店もあるんすか」

私は頷く。

「でもデリヘルはそうはいかない。店も女の子も確認するのは難しい」

「ああー!」

弘は納得したように声を上げた。

「なるほどっすね」

「だから、この先お前がスカウトしたり相談を受けたりした時、デリだけじゃなく箱も紹介できた方が仕事の幅は広がる」

「なるほど! さすが兄貴っすね」

私は首を横へ振る。

「でもな」

弘が私を見る。

「紹介先は多ければいいってもんじゃない」

私は少し間を置いた。

「俺たちが『この店なら大丈夫だ』って胸を張って紹介できる店だけだ」

弘は真剣な表情で力強く頷く。

「はい」

「藤本のエンジェルタッチは大丈夫だ。俺から見ても、美緒の話を聞いていても間違いない」

私は窓の外へ視線を移した。

「でも黒岩たちみたいなグループは違う」

その名前を口にしただけで、車内の空気が少しだけ引き締まる。

「あいつらとは付き合っていく気もない。考え方もやり方も、俺たちとはまるで違うからな」

弘は大きく頷いた。

「そうっすね」

気づけば西へ傾いた陽が街を柔らかな色に染め始めていた。

その時だった。

ポケットの中で携帯電話が震える。

私は取り出して画面を見る。

表示されていた名前は――リトだった。

コメント