私は腕時計へ目を向けた。
そろそろ綾さんたちが戻ってくる頃だ。
早苗も壁に掛かった時計を見上げる。
「もうすぐ戻ってくるね」
「ああ。それじゃ、先に二階へ行くか」
私が立ち上がると、早苗はパソコンを閉じながら微笑んだ。
「パソコン持って先に行ってて。綾さんと少し話して、コーヒーも淹れ直してから行くね」
「分かった」
私はバッグとパソコンを持ち、二階へ上がる。
部屋へ入ると荷物をテーブルへ置き、そのままベッドへ横になった。
静かな天井を見上げながら、今日一日の出来事を思い返す。
黒木ママと交わしたエージェントの話。
そして、早苗が話してくれたホームページや掲載サイトの構想。
どちらも未来へ向かうための大切な一歩だった。
ぼんやりと考えているうちに、一階から賑やかな声が聞こえてきた。
「ただいまー!」
綾さんや女の子たちの明るい声に続き、早苗の笑い声が聞こえる。
その声を遠くに聞きながら、私はいつの間にか眠りに落ちていた。
ふと、人の気配を感じて目を開ける。
隣を見ると、早苗がベッドに腰掛け、私の顔を覗き込むように見つめていた。
「ああ……寝てしまってたな」
私が苦笑すると、早苗は少し心配そうな表情を浮かべる。
「あなた、疲れてるんじゃない?」
「いや、大丈夫だよ」
私はゆっくりと体を起こし、ソファーへ腰を下ろした。
早苗は淹れたてのコーヒーとチーズケーキをテーブルへ運び、私の前に置く。
「ありがとう」
私はコーヒーを一口飲み、ふっと息をついた。
「リトとエージェントの仕事を始めようと思ってさ。色々調べたり、準備したりしてるんだ」
「今日の昼も黒木ママと会ってきたんだ。指輪を渡して、一緒にランチをしながらエージェントの話をしてきた」
私は黒木ママとのやり取りや、エージェントという仕事の仕組み、これから準備していくことを順を追って話した。
早苗は途中で口を挟むことなく、静かに耳を傾けている。
話し終えると、早苗は嬉しそうに笑った。
「すごいね。かなり具体的になってきたね。黒木ママも応援してくれるなら鬼に金棒だよ」
私はチーズケーキにフォークを入れ、小さく笑った。
「いや、まだまだだよ。準備しなきゃいけないことも、調べることも山ほどあるからな」
そう言ってチーズケーキを口へ運ぶ。
「でも、私が手伝えることがあれば何でも言ってね」
「うん。ありがとう」
私はコーヒーカップをテーブルへ置き、早苗へ微笑んだ。
すると早苗は何かを思い出したように顔を上げた。
「あっ、そうそう。さっき綾さんに新しいスタッフのこと聞いたら、今度ここに連れてきてくれるって」
その嬉しそうな笑顔を見て、私も自然と頬が緩んだ。
少しずつ仲間が増え、茉莉花もまた新しい一歩を踏み出そうとしている。
その歩みは決して速くはない。
それでも、一歩ずつ積み重ねた先にある未来を、私は信じていた。

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