257話「あの日から一年」

早苗は私を見つめ、感慨深そうに微笑んだ。

「あなたが執行猶予で出てきて、もうすぐ一年になるね」

私はコーヒーカップを持つ手を止める。

「ああ、そうだな。もう一年になるのか」

早苗は少し私の方へ座り直すと、そっと腕を絡めてきた。

「そうだよ。去年あなたが戻ってきた頃、こんな毎日になるなんて想像もしなかった」

そう言って私の肩へ静かに頭を預ける。

私はコーヒーを一口飲み、小さく息をついた。

「そうだよな。長かったようで、あっという間だったな」

早苗は顔を上げ、嬉しそうに笑う。

「ねえ、今度一年過ぎたお祝いしようよ。二人でご飯でも食べに行こう」

「そうだな。行くか」

「うん!」

早苗は子どものように嬉しそうな笑顔を見せた。

その時、一階から綾さんの声が聞こえてくる。

「ママ、ちょっといいですか!」

「はーい!」

早苗は返事をすると立ち上がり、私へ微笑んだ。

「ちょっと待っててね」

そう言って足早に部屋を出て行く。

部屋に静けさが戻る。

私はソファーにもたれ、ぼんやりと天井を見上げた。

執行猶予で外へ出てきたあの日。

先のことなど何一つ見えなかった。

それでも今、こうして毎日を過ごせている。

仕事があり、仲間がいて、笑って話せる場所がある。

思い返せば、その始まりにはいつも早苗がいた。

私を信じ、待ち続けてくれた。

だからこそ、今の自分がある。

私を信じてくれた人だからこそ、その笑顔を見るたび胸が痛む。

そんな早苗に、私は美緒とのことを隠し続けている。

感謝しているはずなのに、嘘を重ねている自分がいる。

矛盾している。

そう分かっていても、今はどうすることもできなかった。

考え込んでいると、部屋のドアが静かに開いた。

「どうしたの?」

戻ってきた早苗が私の顔を覗き込む。

「何かあった? 真剣な顔してるよ」

私は小さく首を振った。

「いや、何でもないよ。ちょっと仕事のこと考えてただけ」

そう言ってコーヒーカップへ手を伸ばす。

早苗は安心したように笑い、私の隣へ腰を下ろした。

「あんまり考え過ぎるとよくないよ。私でよかったら何でも話聞くから」

「ありがとう」

そう答えると、早苗は私の膝を軽く叩いた。

「あっ、それとね。綾さんが新しいスタッフになる人へ連絡してくれて、明日の午後ここへ連れてきてくれるって」

「さすが綾さん。話が早いな」

「うん。どんな人か楽しみだね」

嬉しそうに笑う早苗を見つめながら、私は小さく微笑んだ。

その笑顔を見ていると、また美緒のことが頭をよぎる。

私は静かにコーヒーを口へ運んだ。

今は──考えるのをやめよう。

そう自分に言い聞かせるように、私は窓の外へ目を向けた。

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