252話「信用という仕事」

黒木ママとの待ち合わせ場所へ着くと、そこは落ち着いた雰囲気の小さな和食屋だった。

店へ入り待ち合わせと言い、名前を伝えると店員に奥の個室へ案内される。

襖を開けると、黒木ママはすでに席に着いていた。

「早かったわね」

優しい笑顔で迎えてくれる。

「お待たせしました」

私が席へ腰を下ろすと、ママは微笑みながら尋ねた。

「好き嫌いはない?」

「ないです」

「良かった。もう注文は済ませてあるから」

私はバッグから小さな箱を取り出し、ママへ差し出した。

「遅くなりました。合わせてみてください」

「ありがとう」

ママは嬉しそうに箱を開けると、指輪を左手の指にはめた。

手を軽くかざしながら何度か眺めたあと、満足そうに頷く。

「うん、ぴったりだわ」

そう言って手のひらを返し、私へ見せた。

「どう? 似合ってるかしら?」

「とても似合ってます」

私が笑顔で答えると、ママも嬉しそうに笑った。

ほどなくして料理が運ばれてくる。

季節の食材を使った料理を口に運びながら、アクセサリーのことや最近の出来事など、他愛のない話で時間はゆっくりと過ぎていった。

食事も終わり、デザートが運ばれてきた頃だった。

ママは姿勢を少し正し、私を見つめる。

「ねえ、直人くん。茂から話を聞いたんだけど」

私はスプーンを置き、ママへ視線を向けた。

「はい。シゲさんからですか?」

「うん。直人くん、エージェントの仕事を始めるんですって?」

「はい。でも、まだ準備段階というか、計画を立て始めたばかりなんです」

するとママは少し笑った。

「茂がね、『直人がエージェントを始めるから、バックアップしてやらなきゃ』って張り切ってたわよ」

私は思わず照れ笑いを浮かべる。

「シゲさん、ママにまでそんな話をしてたんですか」

「ええ。茂は直人くんのこと、相当気に入ってるみたいだからね」

「そう言ってもらえると嬉しいです」

私が頭を軽く下げると、ママは優しく微笑んだ。

「あら、茂だけじゃないわよ。私も直人くんのこと、応援してるんだから」

「ありがとうございます」

そう言うと、ママの表情が少しだけ引き締まった。

「でもね」

その一言で、部屋の空気が静かに変わる。

「アクセサリー販売を手伝うのと、エージェントの仕事はまったく別物なの」

私は黙って頷いた。

「エージェントの仕事は、私のお店と直人くんをタレントが繋ぐ仕事なの。タレントが来日すれば、お店は助かるし、直人くんにも仕事になる。だから、この仕事はお互いの信用で成り立っているのよ」

私は真剣な表情で耳を傾ける。

「直人くんも知っていると思うけど、クラブ黒木はこの街のフィリピンクラブの中では、一番高い料金をいただいているわ」

私は静かに頷いた。

「それは、良いタレントを揃えているから。そして、その良いタレントに何度も来日してもらうには、お給料も待遇も他のお店より良くしなきゃいけないの」

ママは一度言葉を切り、ゆっくり続けた。

「ちゃんと仕事をするタレントには、店もちゃんと応える。それが私のやり方よ」

その言葉には、長年店を守り続けてきた人だけが持つ重みがあった。

「だから直人くんがエージェントを始めるなら――」

ママは真っ直ぐ私を見つめる。

「とにかく良いタレントを見つけてほしいの」

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