黒木ママとの待ち合わせ場所へ着くと、そこは落ち着いた雰囲気の小さな和食屋だった。
店へ入り待ち合わせと言い、名前を伝えると店員に奥の個室へ案内される。
襖を開けると、黒木ママはすでに席に着いていた。
「早かったわね」
優しい笑顔で迎えてくれる。
「お待たせしました」
私が席へ腰を下ろすと、ママは微笑みながら尋ねた。
「好き嫌いはない?」
「ないです」
「良かった。もう注文は済ませてあるから」
私はバッグから小さな箱を取り出し、ママへ差し出した。
「遅くなりました。合わせてみてください」
「ありがとう」
ママは嬉しそうに箱を開けると、指輪を左手の指にはめた。
手を軽くかざしながら何度か眺めたあと、満足そうに頷く。
「うん、ぴったりだわ」
そう言って手のひらを返し、私へ見せた。
「どう? 似合ってるかしら?」
「とても似合ってます」
私が笑顔で答えると、ママも嬉しそうに笑った。
ほどなくして料理が運ばれてくる。
季節の食材を使った料理を口に運びながら、アクセサリーのことや最近の出来事など、他愛のない話で時間はゆっくりと過ぎていった。
食事も終わり、デザートが運ばれてきた頃だった。
ママは姿勢を少し正し、私を見つめる。
「ねえ、直人くん。茂から話を聞いたんだけど」
私はスプーンを置き、ママへ視線を向けた。
「はい。シゲさんからですか?」
「うん。直人くん、エージェントの仕事を始めるんですって?」
「はい。でも、まだ準備段階というか、計画を立て始めたばかりなんです」
するとママは少し笑った。
「茂がね、『直人がエージェントを始めるから、バックアップしてやらなきゃ』って張り切ってたわよ」
私は思わず照れ笑いを浮かべる。
「シゲさん、ママにまでそんな話をしてたんですか」
「ええ。茂は直人くんのこと、相当気に入ってるみたいだからね」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
私が頭を軽く下げると、ママは優しく微笑んだ。
「あら、茂だけじゃないわよ。私も直人くんのこと、応援してるんだから」
「ありがとうございます」
そう言うと、ママの表情が少しだけ引き締まった。
「でもね」
その一言で、部屋の空気が静かに変わる。
「アクセサリー販売を手伝うのと、エージェントの仕事はまったく別物なの」
私は黙って頷いた。
「エージェントの仕事は、私のお店と直人くんをタレントが繋ぐ仕事なの。タレントが来日すれば、お店は助かるし、直人くんにも仕事になる。だから、この仕事はお互いの信用で成り立っているのよ」
私は真剣な表情で耳を傾ける。
「直人くんも知っていると思うけど、クラブ黒木はこの街のフィリピンクラブの中では、一番高い料金をいただいているわ」
私は静かに頷いた。
「それは、良いタレントを揃えているから。そして、その良いタレントに何度も来日してもらうには、お給料も待遇も他のお店より良くしなきゃいけないの」
ママは一度言葉を切り、ゆっくり続けた。
「ちゃんと仕事をするタレントには、店もちゃんと応える。それが私のやり方よ」
その言葉には、長年店を守り続けてきた人だけが持つ重みがあった。
「だから直人くんがエージェントを始めるなら――」
ママは真っ直ぐ私を見つめる。
「とにかく良いタレントを見つけてほしいの」

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