238話「信頼できる男」

料理を味わいながら、シゲさんはゆっくりと口を開いた。

「俺はな、直人がリトをパートナーにしてエージェントをやるって話には賛成だ」

私は箸を止め、シゲさんの言葉に耳を傾ける。

「このラ・カシーナは、フィリピン人にとって社交の場でもあり、息抜きの場でもある。いろんな店のスタッフやタレントが集まる場所なんだ」

そう言いながら煙草をくわえ、静かに火をつけた。

「だから、この街で長く働いてるリトの話は、自然と俺の耳にも入ってくる」

ゆっくりと煙を吐き出す。

「俺がリトを直人のパートナーに向いてると思った理由は、日本人なら当たり前だと思うことかもしれない。でも、あいつは真面目だ。そして優しい」

私は黙って頷いた。

「一緒に働いてるタレントに問題やトラブルが起きれば、自分のことみたいに親身になって考えて動く。そういう男なんだ」

シゲさんは灰皿へ灰を落とした。

「店から頼まれたこともきちんとこなす。だけど、店の言いなりになるわけじゃない。タレントを守るところは、ちゃんと守る」

その言葉には確信があった。

「店とタレントの間に立つっていうのは、簡単なことじゃない。板挟みにもなるし、日本とフィリピンじゃ考え方も文化も違うからな」

私はリトが今まで背負ってきたものの大きさを、改めて感じていた。

「あいつは、自分が損をしてでも仲間を優先する。そういう話を俺は何度も聞いてきた」

シゲさんは少し笑う。

「だから俺は、リトなら信用できると思ってる」

その一言に、大きな説得力があった。

「それとな、直人」

「はい」

「お前には、人を惹きつける何かがある」

私は思わず苦笑いする。

「そんなことないですよ」

「いや、ある」

シゲさんは笑いながら首を振った。

「黒木ママも、お前の話をよくするんだよ。直人の話をするときだけは、あの人、本当に優しい顔になる」

私は驚いて目を丸くした。

「俺なんか、怒鳴られてばっかりだけどな!」

店内にシゲさんの豪快な笑い声が響き、私も美緒も思わず笑ってしまった。

笑いが落ち着くと、シゲさんは真剣な表情へ戻る。

「話は逸れたな」

マンゴージュースを一口飲み、私を見た。

「エージェントをやるなら、まずはフィリピンで動いてくれる人間を決めることだ。その辺はリトが一番よく分かってるだろう。まずは、あいつとよく話し合え」

私は力強く頷いた。

「それから直人」

「はい」

「フィリピンには行ったことあるのか?」

「ありません」

私は美緒を見る。

美緒も小さく首を振った。

「私もありません」

「そうか」

シゲさんは静かに頷く。

「エージェントをやるなら、一度は現地へ行ってみた方がいい」

私は真剣な表情で聞き入った。

シゲさんの言葉には、実際に現地を知る人間だからこその重みがあった。

「人から話を聞くだけじゃ分からないことがある。自分の目で見て、自分の足で歩いて、自分の肌で感じる。その経験は必ず役に立つ」

私はその言葉を胸に刻むように頷いた。

フィリピン――。

その国は、まだ私にとって遠い世界だった。

しかしこのとき、その遠い世界が少しだけ近く感じられた。

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