料理を味わいながら、シゲさんはゆっくりと口を開いた。
「俺はな、直人がリトをパートナーにしてエージェントをやるって話には賛成だ」
私は箸を止め、シゲさんの言葉に耳を傾ける。
「このラ・カシーナは、フィリピン人にとって社交の場でもあり、息抜きの場でもある。いろんな店のスタッフやタレントが集まる場所なんだ」
そう言いながら煙草をくわえ、静かに火をつけた。
「だから、この街で長く働いてるリトの話は、自然と俺の耳にも入ってくる」
ゆっくりと煙を吐き出す。
「俺がリトを直人のパートナーに向いてると思った理由は、日本人なら当たり前だと思うことかもしれない。でも、あいつは真面目だ。そして優しい」
私は黙って頷いた。
「一緒に働いてるタレントに問題やトラブルが起きれば、自分のことみたいに親身になって考えて動く。そういう男なんだ」
シゲさんは灰皿へ灰を落とした。
「店から頼まれたこともきちんとこなす。だけど、店の言いなりになるわけじゃない。タレントを守るところは、ちゃんと守る」
その言葉には確信があった。
「店とタレントの間に立つっていうのは、簡単なことじゃない。板挟みにもなるし、日本とフィリピンじゃ考え方も文化も違うからな」
私はリトが今まで背負ってきたものの大きさを、改めて感じていた。
「あいつは、自分が損をしてでも仲間を優先する。そういう話を俺は何度も聞いてきた」
シゲさんは少し笑う。
「だから俺は、リトなら信用できると思ってる」
その一言に、大きな説得力があった。
「それとな、直人」
「はい」
「お前には、人を惹きつける何かがある」
私は思わず苦笑いする。
「そんなことないですよ」
「いや、ある」
シゲさんは笑いながら首を振った。
「黒木ママも、お前の話をよくするんだよ。直人の話をするときだけは、あの人、本当に優しい顔になる」
私は驚いて目を丸くした。
「俺なんか、怒鳴られてばっかりだけどな!」
店内にシゲさんの豪快な笑い声が響き、私も美緒も思わず笑ってしまった。
笑いが落ち着くと、シゲさんは真剣な表情へ戻る。
「話は逸れたな」
マンゴージュースを一口飲み、私を見た。
「エージェントをやるなら、まずはフィリピンで動いてくれる人間を決めることだ。その辺はリトが一番よく分かってるだろう。まずは、あいつとよく話し合え」
私は力強く頷いた。
「それから直人」
「はい」
「フィリピンには行ったことあるのか?」
「ありません」
私は美緒を見る。
美緒も小さく首を振った。
「私もありません」
「そうか」
シゲさんは静かに頷く。
「エージェントをやるなら、一度は現地へ行ってみた方がいい」
私は真剣な表情で聞き入った。
シゲさんの言葉には、実際に現地を知る人間だからこその重みがあった。
「人から話を聞くだけじゃ分からないことがある。自分の目で見て、自分の足で歩いて、自分の肌で感じる。その経験は必ず役に立つ」
私はその言葉を胸に刻むように頷いた。
フィリピン――。
その国は、まだ私にとって遠い世界だった。
しかしこのとき、その遠い世界が少しだけ近く感じられた。

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