シゲさんが笑顔で私たちのテーブルへやって来た。
「待たせたな」
そう言って椅子へ腰を下ろす。
「何飲む?」
「私はマンゴージュースで」
美緒が答える。
「俺も同じで」
私が言うと、シゲさんは豪快に笑った。
「なんだ直人、お前もジュースか!」
店内に笑い声が響く。
「今日は話もあるしな。俺もマンゴージュースにするか」
シゲさんは店長へ顔を向けた。
「ラ・カシーナ特製のマンゴージュース三つ頼む!」
しばらくして、三人の前にマンゴージュースが運ばれてきた。
シゲさんは煙草に火をつけ、ゆっくりと煙を吐き出す。
「それで、おりいって相談って何かあったのか?」
私は静かに頷いた。
リトと出会い、アクセサリー販売を始めた頃からのこと。
リトが送金ビジネスをやりたいと相談してきたこと。
そして私は、その仕事はリトには向いていないと感じ、エージェントとして一緒に歩んでいきたいと考えていることを、順を追って話した。
シゲさんは一度も口を挟まず、煙草を燻らせながら最後まで黙って耳を傾けていた。
私が話し終えると、灰皿へ灰を落としながら口を開く。
「うん。直人が判断したように、送金ビジネスはやらない方が正解だ」
私は黙って頷く。
「あの仕事で失敗した人間を、俺は何人も見てきた」
シゲさんは静かな口調で続けた。
「仲が良い人間ほど金で揉める。妬みややっかみも出てくる。金っていうのは、人間関係を簡単に壊すからな」
その言葉には、実際に見てきた人だけが持つ重みがあった。
「でもな」
シゲさんは私を真っすぐ見た。
「エージェントって仕事も簡単じゃないぞ」
私は自然と背筋を伸ばす。
「まず現地のフィリピンで、信用できて動いてくれる人間がいること。それが絶対条件だ」
煙草を灰皿へ押し消す。
「俺はカミさんがフィリピン人だからな。現地じゃカミさんや兄弟たちが動いてくれてる」
少し間を置いて笑う。
「でもな、直人。」
「はい」
「リトをパートナーにしてやっていこうって考えは、俺はいいと思う」
その言葉に、胸の奥が少し軽くなった。
そのタイミングで料理が次々と運ばれてくる。
香ばしい匂いがテーブルいっぱいに広がった。
「これがラ・カシーナ特製の料理だ」
シゲさんは満足そうに笑う。
「冷める前に食べてみろ。美緒ちゃんも遠慮するな」
「いただきます」
私たちは手を合わせ、料理を口へ運ぶ。
どれも初めて食べる味なのに、どこか懐かしさを感じる優しい味だった。
シゲさんもマンゴージュースを一口飲む。
「さて、リトの話をしようか」
私は箸を置き、シゲさんを見る。
「リトが昔、バンドで日本に来てたのは知ってるよな?」
「はい」
「バンドを辞めて、今はシンガーのVISAで来てる。まとめ役みたいな仕事もしてるだろ」
私は頷いた。
「でもな。あいつがバンドを辞めたのには理由がある」
店内に流れる音楽が、静かに耳へ届く。
「リトはバンマスだった。バンドのリーダーだ。ギャラの交渉も待遇の交渉も全部やってた」
私は思わずシゲさんの顔を見つめた。
そんな話は初めて聞く。
「あるライブハウスが高待遇でリトたちを受け入れた。リトは期待に応えようって必死だった」
少しだけ表情を曇らせる。
「ところが帰国する前日、メンバー二人がラナウェイした」
私も美緒も言葉を失う。
「店のオーナーは『また新しいメンバーを連れて来ればいい』って言ってくれたらしい」
シゲさんは静かに首を振った。
「でもリトは、自分の責任だと思ったんだ」
店内の賑わいが、どこか遠くに感じられた。
「結局、自分でバンドを解散した。そして一人で日本へ来るようになった」
マンゴージュースを一口飲み、少し笑う。
「日本語で言うと、義理堅いってやつだな」
私は改めて、リトという人間の重みを感じていた。
シゲさんは私を見て、力強く笑った。
「直人。」
「はい」
「お前が本気でエージェントをやるなら、俺がバックアップしてやる」
その言葉は、何より心強かった。

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