237話「背中を押す言葉」

シゲさんが笑顔で私たちのテーブルへやって来た。

「待たせたな」

そう言って椅子へ腰を下ろす。

「何飲む?」

「私はマンゴージュースで」

美緒が答える。

「俺も同じで」

私が言うと、シゲさんは豪快に笑った。

「なんだ直人、お前もジュースか!」

店内に笑い声が響く。

「今日は話もあるしな。俺もマンゴージュースにするか」

シゲさんは店長へ顔を向けた。

「ラ・カシーナ特製のマンゴージュース三つ頼む!」

しばらくして、三人の前にマンゴージュースが運ばれてきた。

シゲさんは煙草に火をつけ、ゆっくりと煙を吐き出す。

「それで、おりいって相談って何かあったのか?」

私は静かに頷いた。

リトと出会い、アクセサリー販売を始めた頃からのこと。

リトが送金ビジネスをやりたいと相談してきたこと。

そして私は、その仕事はリトには向いていないと感じ、エージェントとして一緒に歩んでいきたいと考えていることを、順を追って話した。

シゲさんは一度も口を挟まず、煙草を燻らせながら最後まで黙って耳を傾けていた。

私が話し終えると、灰皿へ灰を落としながら口を開く。

「うん。直人が判断したように、送金ビジネスはやらない方が正解だ」

私は黙って頷く。

「あの仕事で失敗した人間を、俺は何人も見てきた」

シゲさんは静かな口調で続けた。

「仲が良い人間ほど金で揉める。妬みややっかみも出てくる。金っていうのは、人間関係を簡単に壊すからな」

その言葉には、実際に見てきた人だけが持つ重みがあった。

「でもな」

シゲさんは私を真っすぐ見た。

「エージェントって仕事も簡単じゃないぞ」

私は自然と背筋を伸ばす。

「まず現地のフィリピンで、信用できて動いてくれる人間がいること。それが絶対条件だ」

煙草を灰皿へ押し消す。

「俺はカミさんがフィリピン人だからな。現地じゃカミさんや兄弟たちが動いてくれてる」

少し間を置いて笑う。

「でもな、直人。」

「はい」

「リトをパートナーにしてやっていこうって考えは、俺はいいと思う」

その言葉に、胸の奥が少し軽くなった。

そのタイミングで料理が次々と運ばれてくる。

香ばしい匂いがテーブルいっぱいに広がった。

「これがラ・カシーナ特製の料理だ」

シゲさんは満足そうに笑う。

「冷める前に食べてみろ。美緒ちゃんも遠慮するな」

「いただきます」

私たちは手を合わせ、料理を口へ運ぶ。

どれも初めて食べる味なのに、どこか懐かしさを感じる優しい味だった。

シゲさんもマンゴージュースを一口飲む。

「さて、リトの話をしようか」

私は箸を置き、シゲさんを見る。

「リトが昔、バンドで日本に来てたのは知ってるよな?」

「はい」

「バンドを辞めて、今はシンガーのVISAで来てる。まとめ役みたいな仕事もしてるだろ」

私は頷いた。

「でもな。あいつがバンドを辞めたのには理由がある」

店内に流れる音楽が、静かに耳へ届く。

「リトはバンマスだった。バンドのリーダーだ。ギャラの交渉も待遇の交渉も全部やってた」

私は思わずシゲさんの顔を見つめた。

そんな話は初めて聞く。

「あるライブハウスが高待遇でリトたちを受け入れた。リトは期待に応えようって必死だった」

少しだけ表情を曇らせる。

「ところが帰国する前日、メンバー二人がラナウェイした」

私も美緒も言葉を失う。

「店のオーナーは『また新しいメンバーを連れて来ればいい』って言ってくれたらしい」

シゲさんは静かに首を振った。

「でもリトは、自分の責任だと思ったんだ」

店内の賑わいが、どこか遠くに感じられた。

「結局、自分でバンドを解散した。そして一人で日本へ来るようになった」

マンゴージュースを一口飲み、少し笑う。

「日本語で言うと、義理堅いってやつだな」

私は改めて、リトという人間の重みを感じていた。

シゲさんは私を見て、力強く笑った。

「直人。」

「はい」

「お前が本気でエージェントをやるなら、俺がバックアップしてやる」

その言葉は、何より心強かった。

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