236話「ラ•カシーナ」

茉莉花を出ると、外は少しずつ薄暗くなり始めていた。

私は車に乗り込み、美緒へメッセージを送る。

『今から帰る』

送信して間もなく、返信が届いた。

『私ももうすぐ着きます(^-^)』

思わず笑みがこぼれる。

エンジンをかけ、マンションへ向かった。

マンションへ着くと、美緒はすでに帰っていた。

玄関のドアを開けると、優しい笑顔が迎えてくれる。

「おかえり」

「ただいま」

リビングへ入ると、淹れたてのコーヒーの香りが部屋いっぱいに広がっていた。

二人でソファーに並んで腰を下ろす。

美緒は今日の集金のことや、花水木へ寄った時の出来事を楽しそうに話してくれた。

私はコーヒーを飲みながら、その話に耳を傾ける。

穏やかな時間が静かに流れていった。

話がひと段落したところで時計を見る。

「そろそろ準備しようか」

「うん」

私たちは支度を済ませ、マンションを後にした。

飲み屋街へ着く頃には、辺りはすっかり夜の表情になっていた。

駐車場へ車を停め、美緒と並んで歩く。

「どんな店なんだろうね」

美緒は少し楽しそうに笑う。

「俺も初めてだから楽しみだよ」

やがて五階建てのビルの前で足を止めた。

ラ・カシーナは、その五階にある。

エレベーターに乗り、ゆっくりと五階へ上がる。

扉が開くと、正面には木製のドアがあった。

その上には、大きなカジキマグロのオブジェ。

そして、温もりのある木製の看板に『La Casina』の文字が刻まれている。

ドアの向こうからは、ギターやドラムの音が微かに聞こえてきた。

私は美緒と顔を見合わせ、小さく頷く。

ドアを開けると、店長らしき男性が笑顔で頭を下げた。

「いらっしゃいませ」

その声に、カウンターへ座っていたシゲさんが振り返る。

「おっ、直人来たか! 美緒ちゃんもいたんだな!」

日に焼けた肌に白い歯をのぞかせながら、豪快に笑う。

「お邪魔します」

美緒が軽く頭を下げると、シゲさんは笑って手を振った。

「固い挨拶はいいよ。それより飯は食ったか?」

「いえ、まだです」

「よし! それじゃあ、あっちに座って待っててくれ」

シゲさんは店の奥にあるテーブル席を指差した。

私たちは席へ着き、店内をゆっくり見回した。

照明は少し落とされ、船を思わせる落ち着いた空間が広がっている。

壁には舵輪や錨が飾られ、丸い窓が船旅を思わせる雰囲気を演出していた。

カウンターには柔らかな光を灯すマリーンランプ。

手すりには太いロープが巻かれ、ビール樽を利用したテーブルが並んでいる。

まるで一隻の船へ乗り込んだような、不思議な気分になる店だった。

そして、その空間の中心には、日に焼けた肌に白いシャツ、口髭をたくわえたシゲさんがいる。

この店は、まるでシゲさん自身を表しているようだった。

私はもう一度店内を見渡す。

初めて訪れた店なのに、不思議と居心地が良かった。

しばらくすると、シゲさんが笑顔でこちらのテーブルへ歩いてきた。

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