232話「信頼という財産」

私は美緒にさっき頭に浮かんだ考えを話した。

「リトに向いているのは、Door-to-Doorじゃないと思うんだ」

美緒は静かに頷く。

「うん。私もそう思う」

私はコーヒーを一口飲んだ。

「シゲさんの話を聞いていて思ったんだ。リトにはエージェントやプロモーターみたいな、人と人を繋ぐ仕事の方が向いてるんじゃないかって」

「信用があるし、慕われてるもんね」

「ああ。それがリトの一番の強みだ」

美緒は優しく微笑んだ。

「きっとリトも分かってくれるよ」

私も小さく頷いた。

そんな話をしているうちに、時計の針は思っていた以上に進んでいた。

その時、携帯電話が震える。

リトからだった。

「ナオト、仕事終わったヨ」

「分かった、すぐに行く」

私は立ち上がる。

「迎えに行ってくる」

美緒は笑顔で頷いた。

「うん。二人でゆっくり話してきて」

「ああ」

私は車のキーを手に取り、マンションをあとにした。

⸻

MAHALの前へ着くと、リトはビルの入口で待っていた。

私の車を見つけると、小走りで駆け寄ってくる。

助手席へ乗り込むと、ほっとしたように笑った。

「お疲れ」

「ありがとうネ」

私は車を走らせる。

「今日は忙しかった?」

「今日はまあまあだったヨ」

「そうか」

他愛もない会話を交わしながら、夜の街を走る。

途中でコンビニへ寄り、飲み物を買う。

私は缶コーヒーを、リトはジュースを手に車へ戻った。

駅前のロータリーへ車を停める。

車内は静かだった。

缶コーヒーを一口飲み、私はシートに体を預ける。

「リト」

「ウン?」

「さっき話してたDoor-to-Doorのことなんだけど」

リトは前を向いたまま、小さく頷いた。

「ウン」

私はゆっくりと言葉を選ぶ。

「リトがフィリピンで仕事をしたいっていう気持ちは、よく分かる」

リトは黙って聞いている。

「家族の力になりたいっていう気持ちも、本当にいいと思う」

少し間を置いて続けた。

「だからこそ、その気持ちは大事にしてほしい」

私はリトを見る。

「でも、その方法はDoor-to-Doorじゃないと思うんだ」

リトは一瞬だけ私を見ると、また前へ視線を戻した。

「……そうかナ」

その声は小さかった。

私は静かに話を続ける。

「リトは、この街でみんなから信用されてるだろ」

「……ウン」

「それって、お金じゃ買えない財産なんだ」

リトは何も言わない。

「Door-to-Doorは悪い仕事じゃない。でも直接お金が絡むようになると、その信用が揺らぐことがある」

私は夕方リトと別れてから考えていたことを、一つひとつ言葉にしていく。

「美緒とも話したんだ」

リトが私を見る。

「二人とも同じ考えだった」

私は小さく笑った。

「リトに一番向いてるのは、人と人を繋ぐ仕事だと思う」

「人と人……?」

「ああ」

私は頷いた。

「エージェントやプロモーターみたいな仕事だよ」

リトは驚いたように目を見開く。

「ナオト……」

その表情には、戸惑いと期待が入り混じっていた。

「ありがとうネ」

少し照れたように笑ったあと、リトは目を伏せる。

「でも……エージェントとかの仕事は、大きなお金がいるヨ」

現実を見据えた言葉だった。

私はリトをまっすぐ見た。

「お金のことは気にしなくていい」

リトが顔を上げる。

私は少し間を置いてから言った。

「リト」

「ウン?」

「一緒にエージェントの仕事をやっていかないか」

リトは言葉を失った。

驚いたまま、私を見つめている。

何かを言おうとして唇がわずかに動く。

しかし、その言葉は声にならなかった。

沈黙の中で、リトの瞳が少しずつ潤んでいく。

私は何も言わず、その姿を見つめていた。

夜のロータリーには、車が行き交う音だけが静かに響いていた。

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