私は美緒にさっき頭に浮かんだ考えを話した。
「リトに向いているのは、Door-to-Doorじゃないと思うんだ」
美緒は静かに頷く。
「うん。私もそう思う」
私はコーヒーを一口飲んだ。
「シゲさんの話を聞いていて思ったんだ。リトにはエージェントやプロモーターみたいな、人と人を繋ぐ仕事の方が向いてるんじゃないかって」
「信用があるし、慕われてるもんね」
「ああ。それがリトの一番の強みだ」
美緒は優しく微笑んだ。
「きっとリトも分かってくれるよ」
私も小さく頷いた。
そんな話をしているうちに、時計の針は思っていた以上に進んでいた。
その時、携帯電話が震える。
リトからだった。
「ナオト、仕事終わったヨ」
「分かった、すぐに行く」
私は立ち上がる。
「迎えに行ってくる」
美緒は笑顔で頷いた。
「うん。二人でゆっくり話してきて」
「ああ」
私は車のキーを手に取り、マンションをあとにした。
⸻
MAHALの前へ着くと、リトはビルの入口で待っていた。
私の車を見つけると、小走りで駆け寄ってくる。
助手席へ乗り込むと、ほっとしたように笑った。
「お疲れ」
「ありがとうネ」
私は車を走らせる。
「今日は忙しかった?」
「今日はまあまあだったヨ」
「そうか」
他愛もない会話を交わしながら、夜の街を走る。
途中でコンビニへ寄り、飲み物を買う。
私は缶コーヒーを、リトはジュースを手に車へ戻った。
駅前のロータリーへ車を停める。
車内は静かだった。
缶コーヒーを一口飲み、私はシートに体を預ける。
「リト」
「ウン?」
「さっき話してたDoor-to-Doorのことなんだけど」
リトは前を向いたまま、小さく頷いた。
「ウン」
私はゆっくりと言葉を選ぶ。
「リトがフィリピンで仕事をしたいっていう気持ちは、よく分かる」
リトは黙って聞いている。
「家族の力になりたいっていう気持ちも、本当にいいと思う」
少し間を置いて続けた。
「だからこそ、その気持ちは大事にしてほしい」
私はリトを見る。
「でも、その方法はDoor-to-Doorじゃないと思うんだ」
リトは一瞬だけ私を見ると、また前へ視線を戻した。
「……そうかナ」
その声は小さかった。
私は静かに話を続ける。
「リトは、この街でみんなから信用されてるだろ」
「……ウン」
「それって、お金じゃ買えない財産なんだ」
リトは何も言わない。
「Door-to-Doorは悪い仕事じゃない。でも直接お金が絡むようになると、その信用が揺らぐことがある」
私は夕方リトと別れてから考えていたことを、一つひとつ言葉にしていく。
「美緒とも話したんだ」
リトが私を見る。
「二人とも同じ考えだった」
私は小さく笑った。
「リトに一番向いてるのは、人と人を繋ぐ仕事だと思う」
「人と人……?」
「ああ」
私は頷いた。
「エージェントやプロモーターみたいな仕事だよ」
リトは驚いたように目を見開く。
「ナオト……」
その表情には、戸惑いと期待が入り混じっていた。
「ありがとうネ」
少し照れたように笑ったあと、リトは目を伏せる。
「でも……エージェントとかの仕事は、大きなお金がいるヨ」
現実を見据えた言葉だった。
私はリトをまっすぐ見た。
「お金のことは気にしなくていい」
リトが顔を上げる。
私は少し間を置いてから言った。
「リト」
「ウン?」
「一緒にエージェントの仕事をやっていかないか」
リトは言葉を失った。
驚いたまま、私を見つめている。
何かを言おうとして唇がわずかに動く。
しかし、その言葉は声にならなかった。
沈黙の中で、リトの瞳が少しずつ潤んでいく。
私は何も言わず、その姿を見つめていた。
夜のロータリーには、車が行き交う音だけが静かに響いていた。

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