231話「新たな答え」

リトは時計に目をやると、小さく「あっ」と声を漏らした。

「ナオト、ごめんネ。仕事の時間ヨ」

私は腕時計を確認した。

「もうそんな時間か」

リトは慌ててバッグを手に取る。

「MAHALまで送ってくれる?」

「ああ、もちろん」

私たちは席を立ち、店をあとにした。

車の中では、さっきまで話していたDoor-to-Doorの話はしなかった。

リトも窓の外を眺めながら、何かを考えているようだった。

やがてMAHALの看板が見えてくる。

私は車をMAHALのビルの前に停めた。

「仕事が終わる頃、迎えに来るよ。また後で話そう」

そう言うと、リトは嬉しそうに笑った。

「ありがとうネ」

そしてドアを開ける。

「仕事終わったら連絡するヨ」

「ああ。待ってる」

リトは軽く手を振ると、ビルの中へ入っていった。

その姿が見えなくなるまで見送り、私はアクセルを踏んだ。

しばらく沈黙が続いたあと、美緒がぽつりと口を開く。

「リトがあんな真剣な顔するの初めて見たね」

「ああ」

私は短く頷いた。

「それだけ本気なんだろうな」

美緒も静かに頷いた。

マンションへ戻ると、美緒はそのままキッチンへ向かった。

「コーヒー淹れるね」

「ああ」

私はソファーに深く腰を下ろし、体を預けた。

頭の中には、さっきのリトの言葉が何度も浮かんでくる。

フィリピンでも仕事がほしい。

Door-to-Doorという仕事自体は悪くない。

頭の中で、リトが話していた仕組みをもう一度組み立ててみる。

日本で依頼を受けるのはリト。

フィリピンでは家族がお金を届ける。

仕組みだけを考えれば、十分に成り立つように思えた。

だが、どうしても胸に引っかかるものがあった。

リトが相手にするのは、MAHALのタレントたちや知り合いのフィリピン人たちだ。

この街でのリトの人望は厚い。

誰からも好かれ、信用されている。

だから最初はうまくいくだろう。

だが、回数を重ねるうちに、

『リトが私たちから手数料を取っている』

そんな見方をする人が現れないとは限らない。

お金が絡めば、人の気持ちは思わぬ方向へ変わることがある。

そして一度失った信用は、簡単には戻らない。

「はい、コーヒー」

美緒の声で我に返った。

見ると、美緒が湯気の立つカップを差し出している。

「ありがとう」

受け取ると、美緒は私の隣に腰を下ろした。

「さっきのリトのこと、考えてたんでしょ?」

「ああ」

私はコーヒーを一口飲み、自分が考えていたことを美緒に話した。

美緒はカップを両手で包み込みながら、最後まで黙って聞いていた。

話し終えると、私は美緒を見る。

「どう思う?」

美緒は小さく頷いた。

「うん……直人さんの言う通りだと思う」

私は黙って続きを待つ。

「リトって、みんなから慕われてるでしょう?」

「ああ」

「だからこそ、直接お金が絡む仕事は難しい気がするの」

美緒は静かに続けた。

「身近な人ほど、お金でこじれることってあると思うんだ」

私は黙って耳を傾ける。

「仲がいいからこそ、期待も大きくなるし、ちょっとしたことで気持ちがすれ違うこともあると思う」

私はゆっくり頷いた。

やはり、美緒も同じことを感じていたのか。

私はカップの中のコーヒーを見つめながら、今日シゲさんから聞いた話を思い返していた。

海外のプロモーター。エージェント。

現地との信頼関係。

人と人を繋ぐ仕事。

その瞬間、一つの考えが頭に浮かんだ。

「……エージェント」

思わず声に出ていた。

美緒が不思議そうな顔で私を見る。

私はゆっくりと顔を上げた。

「Door-to-Doorじゃない」

「リトに向いてるのは……エージェントの仕事かもしれない」

その言葉を口にした瞬間、胸の奥に引っかかっていたものが少しだけほどけた気がした。

リトには、この街で築いてきた信用がある。

フィリピンには、力になってくれる家族がいる。

人と人を繋ぐ仕事なら、その二つを生かせるかもしれない。

私はコーヒーを一口飲み、静かにカップをテーブルへ置いた。

仕事を終えたリトが戻ってきたら、この考えを話してみよう。

そんなことを考えながら、私は静かに窓の外へ目を向けた。

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