184話「補充」

恵美と別れ車に乗る。

エンジンを掛ける前に携帯を見ると、美緒からメールが入っていた。

『今からマンション戻ります』

私は携帯を置き車を走らせた。

マンションへ着くと美緒は先に戻っていた。

部屋へ入ると、いつもの甘いいい匂いと美緒の笑顔に迎えられる。

「おかえり」

「ただいま」

靴を脱ぐと美緒が自然に背後に回りコートを脱がしてくれる。

ソファへ座ると美緒が隣へ来る。

「月下美人はどうだった?」

美緒が月下美人での報告を始める。

「美咲ちゃんピアス買ってくれたよ」

「へぇ」

「あとね、大介さんも彼女さんに買ってた」

美緒は少し嬉しそうに続ける。

「女の子たちも何点か買ってくれたよ。

大介さんと美咲ちゃんには仕入れ値で渡したよ」

みんなが喜んでいたなら、それが何よりだと思った。

そう思っていると、美緒が少し考えるように言った。

「でもね」

「ん?」

「月下美人って若い子も多いから、もう少し安いのもあったらいいかも」

私は少し考える。

たしかに。

今の品物だけじゃ広がりは限られるかもしれない。

私は高梨社長へメールを送った。

携帯を置く。

すると美緒が私を見る。

「終わった?」

「ああ」

「じゃあ今日は仕事終わり」

そう言って美緒が肩へ寄り掛かる。

柔らかい匂いが近付く。

「最近ずっと仕事の話ばっかり」

「そうか?」

「そう」

美緒が少し頬を膨らませる。

私は少し笑った。

美緒が顔を上げる。

気付けば自然と唇が重なっていた。

「……お疲れさま」

小さくそう言った美緒を抱き寄せた。

美緒は抵抗することもなく、そのまま身体を預けてくる。

静かな部屋。

さっきまで頭の中にあった色々なことが少しずつ遠くなる。

「今日は疲れた?」

美緒が胸元へ顔を埋めながら聞く。

「まぁ、少し」

「そっか」

そう言うと美緒が私の服を軽く掴む。

「じゃあ補充しないと」

「補充?」

「充電みたいなもの」

そう言って少し笑う。

私は思わず笑ってしまった。

美緒が顔を上げる。

近い。

長い髪を耳へかける。

目が合う。

また自然と唇が重なった。

今度はさっきより少し長く。

離れると美緒が少し照れたように笑う。

「……最近」

「ん?」

「こういう時間、少なかった」

私は少し考える。

たしかにそうだった。

仕事。

考えること。

やること。

増えていた気がする。

「ちょっと忙しかったからな。ごめん」

そう言うと美緒が首を横へ振る。

「ううん」

そう言って私の腕へ抱きつく。

「今日はいっぱい甘える」

少し上目遣いでそう言われる。

断れる訳がなかった。

私は美緒を抱き寄せる。

部屋の中にはストーブの上のケトルから湯の沸く静かな音が流れていた。

私たちはしばらく、そのまま動かなかった。

コメント