美緒が月下美人へ向かったあと、私はマンションを出て車に乗り恵美へ連絡を入れた。
月に一度の売上報告の日だった。
恵美は外に出ているらしく、近くのファミレスで待ち合わせすることになった。
店に入りドリンクバーのコーヒーを持って席へ戻る。
数分後、恵美がやってきた。
「待った?」
「いや、今来たところ」
恵美は向かいへ座る。
「久しぶりね」
「うん」
私はバッグから封筒を取り出し、売上を渡す。
そのあと簡単に今月の話をした。
話し終わると、恵美が小さく息をつく。
「高梨社長から話は聞いてるわよ」
そう言って私を見る。
「よく思い付いたわね」
「何が?」
「フィリピン人相手に商売すること」
私は少し考える。
思い付いたと言うより。
流れだった気もする。
「たまたまだよ」
そう答えると恵美は少し笑った。
「そういう人間ほど、気付いたら形にしてるのよ」
私はコーヒーを一口飲む。
ふと頭に別のことが浮かんだ。
「なあ」
「ん?」
「柴崎祐介って知ってる?」
恵美が少し考える。
「ああ、知ってるわよ。付き合いはないけど」
そう言って少し不思議そうな顔をした。
「どうかしたの?」
私は視線を落とす。
「拘置所で同じ部屋だった」
恵美の表情が少し変わる。
私は拘置所での頃を簡単に話した。
同じ部屋だったこと。
色々話したこと。
軽い流れで兄貴と呼ぶよう言われたこと。
舎弟みたいに思ってると言われたこと。
そのことに対して軽く”はい”と返事したこと。
話し終わると恵美は少し黙った。
「……どうした?」
すると恵美が静かに口を開く。
「別に悪いって話じゃない」
私は黙って続きを待った。
「でも、そういう世界って軽い口約束でも大事になることあるのよ」
「口約束?」
「兄貴とか舎弟とかもそう」
恵美はコーヒーを飲む。
「あの世界の人間。まぁ、ヤクザのことなんだけどね。
大切にしてるって言うか、こだわっているものって何か分かる?」
「……何だろ、義理人情とか?」
「まぁ、間違いじゃないわね」
恵美は少し笑いながら言う。
「面子とか意地で生きてるところかな。
まぁ、それがすべてじゃないんだけど、面子を潰されるのは一番嫌うのよ」
恵美は私を真っ直ぐに見て言う。
「だから、あなたが軽く返事したつもりでも、向こうは違う場合あるから」
私は黙って聞いていた。
正直。
あの時は、そこまで重く考えていなかった。
恵美は私を見る。
「だからそっちの世界の人間との付き合い方は、気をつけないといけないっていう話」
恵美は少し間を空けてから言う。
「柴崎君の詳しいことは、調べておくから」
私は静かに頷いた。
恵美の話を聞きながら、私はコーヒーへ視線を落とす。
陣さんはまだ刑務所にいる。
すぐに何かある訳じゃない。
それでも。
恵美の言葉は、頭のどこかに残り続けていた。
ファミレスの窓の外を見る。
けれど、少しだけ見え方が変わった気がした。
いつも通りの景色だった。

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