183話「口約束」

美緒が月下美人へ向かったあと、私はマンションを出て車に乗り恵美へ連絡を入れた。

月に一度の売上報告の日だった。

恵美は外に出ているらしく、近くのファミレスで待ち合わせすることになった。

店に入りドリンクバーのコーヒーを持って席へ戻る。

数分後、恵美がやってきた。

「待った?」

「いや、今来たところ」

恵美は向かいへ座る。

「久しぶりね」

「うん」

私はバッグから封筒を取り出し、売上を渡す。

そのあと簡単に今月の話をした。

話し終わると、恵美が小さく息をつく。

「高梨社長から話は聞いてるわよ」

そう言って私を見る。

「よく思い付いたわね」

「何が?」

「フィリピン人相手に商売すること」

私は少し考える。

思い付いたと言うより。

流れだった気もする。

「たまたまだよ」

そう答えると恵美は少し笑った。

「そういう人間ほど、気付いたら形にしてるのよ」

私はコーヒーを一口飲む。

ふと頭に別のことが浮かんだ。

「なあ」

「ん?」

「柴崎祐介って知ってる?」

恵美が少し考える。

「ああ、知ってるわよ。付き合いはないけど」

そう言って少し不思議そうな顔をした。

「どうかしたの?」

私は視線を落とす。

「拘置所で同じ部屋だった」

恵美の表情が少し変わる。

私は拘置所での頃を簡単に話した。

同じ部屋だったこと。

色々話したこと。

軽い流れで兄貴と呼ぶよう言われたこと。

舎弟みたいに思ってると言われたこと。

そのことに対して軽く”はい”と返事したこと。

話し終わると恵美は少し黙った。

「……どうした?」

すると恵美が静かに口を開く。

「別に悪いって話じゃない」

私は黙って続きを待った。

「でも、そういう世界って軽い口約束でも大事になることあるのよ」

「口約束?」

「兄貴とか舎弟とかもそう」

恵美はコーヒーを飲む。

「あの世界の人間。まぁ、ヤクザのことなんだけどね。

大切にしてるって言うか、こだわっているものって何か分かる?」

「……何だろ、義理人情とか?」

「まぁ、間違いじゃないわね」

恵美は少し笑いながら言う。

「面子とか意地で生きてるところかな。

まぁ、それがすべてじゃないんだけど、面子を潰されるのは一番嫌うのよ」

恵美は私を真っ直ぐに見て言う。

「だから、あなたが軽く返事したつもりでも、向こうは違う場合あるから」

私は黙って聞いていた。

正直。

あの時は、そこまで重く考えていなかった。

恵美は私を見る。

「だからそっちの世界の人間との付き合い方は、気をつけないといけないっていう話」

恵美は少し間を空けてから言う。

「柴崎君の詳しいことは、調べておくから」

私は静かに頷いた。

恵美の話を聞きながら、私はコーヒーへ視線を落とす。

陣さんはまだ刑務所にいる。

すぐに何かある訳じゃない。

それでも。

恵美の言葉は、頭のどこかに残り続けていた。

ファミレスの窓の外を見る。

けれど、少しだけ見え方が変わった気がした。

いつも通りの景色だった。

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