食事が始まる少し前。
私は二階の部屋で、コーヒーを飲みながらぼんやり窓の外を眺めていた。
年末の街の灯りが静かに揺れている。
不意にドアが開いた。
「こんな所にいた」
早苗だった。
「あぁ、ここが落ち着くだろ」
「里奈達、下で騒いでるわよ」
そう言いながら、早苗は部屋へ入りベッドの端へ腰を下ろした。
「……今年も色々あったわね」
「あぁ」
私はコーヒーを飲みながら笑った。
「まさか、こんな年になるとは思わなかったな」
「本当ね」
早苗も小さく笑う。
「あなたが戻ってきて、色々あって……茉莉花始めて……」
「気付けば毎日バタバタだったな」
「うん。でもあなたが戻ってこれた……それが一番嬉しかった」
早苗は優しい目で、思い出すように言った。
「そうか。俺も裁判所の駐車場に立っていた早苗と、あの笑顔が忘れられないな」
その返事に、早苗は嬉しそうに笑った。
静かな時間が流れる。
早苗が私にそっと寄り添い、抱きついてくる。
その身体を抱き寄せると、早苗の手に力が入る感触があった。
私は早苗の顔を両手で包むようにして上へ向け、唇を重ね強く抱きしめた。
窓の外では、遠くで年末のざわめきが聞こえていた。
「……私ね」
早苗が小さく呟く。
「こうして、あなたのそばにいる。それに一緒に仕事もできるようになって良かった」
その言葉に、俺はゆっくり頷いた。
「あぁ」
短い返事だった。
でも、それだけで十分だった。
その時、下から里奈の大きな声が聞こえてくる。
「早苗ー! 直人くーん! 鍋できたよー!」
思わず二人で笑ってしまう。
「行きましょうか」
「あぁ」
階段を降りると、リビングはすっかり年越しの空気になっていた。
鍋の湯気。
テレビの年末特番。
仕事を終えた女の子達の笑い声。
テーブルには、お節料理まで並び始めている。
「かんぱーい!」
缶ビールを掲げながら、里奈が笑う。
「まだ年明けてないだろ」
「細かい!」
女の子達が笑い出す。
その横で、綾さんは小さく笑った。
「あとで初詣があるから、飲みすぎないでくださいね」
「はーい!」
返事だけは元気だった。
早苗はそんなやり取りを見ながら、静かに鍋を取り分けている。
自分の前のグラスには、ウーロン茶が入っていた。
午後十一時半を過ぎる頃には、茉莉花の空気も少しずつ落ち着き始めていた。
テレビの中で、年越しのカウントダウンが始まる。
「十、九、八――!」
里奈が真っ先に声を上げ、女の子達も一緒になって騒ぎ始めた。
「七、六、五――!」
賑やかな声がリビングへ響く。
綾さんは少し呆れたように笑いながら、その様子を見ていた。
そして――。
『あけましておめでとうございます!』
テレビの声と同時に、部屋の空気が一気に弾ける。
「あけましておめでとー!」
「おめでとうございます!」
里奈が勢いよくこちらへ振り返る。
「直人くん! あけおめ!」
「はいはい、おめでとう」
思わず笑ってしまう。
その横で、早苗も静かに笑っていた。
女の子達もコートを羽織り、初詣へ行く準備を始めている。
「寒いかなぁ?」
「絶対寒いってー!」
里奈の声に、リビングがまた笑いに包まれた。
その横で、綾さんはストーブの火などを確認している。
早苗はコートを羽織りながら、こちらへ視線を向けた。
「あなたも、もう出る?」
本当は、この空気のまま朝までいたかった。
だけど――。
「うん、俺はこのあと月下美人に顔出してくるよ」
「気をつけてね。弘君によろしく言っておいて」
早苗は微笑んだ。
その表情だけで伝わるものがあった。
里奈が明るい声を出す。
「じゃあ直人くん、あとで合流する?」
「どうだろうな」
「えー、来なよぉ」
「里奈ちゃんたちだけで十分賑やかだろ」
「確かに!」
里奈が笑う。
その空気に、早苗まで少しだけ笑った。
玄関先は一気に騒がしくなる。
女の子達の笑い声。
マフラーを巻く音。
「寒ーい!」
「早く車乗って!」
綾さんが急かしながらドアを開ける。
外の空気はかなり冷えていた。
「それじゃ、行ってくるね」
早苗が静かに言う。
「あぁ、気をつけて」
その言葉に、早苗は優しく笑った。
車のドアが閉まり、綾さんの車はゆっくり夜の街へ走り出す。
賑やかだった玄関が急に静かになった。
私は小さく息を吐く。
向かう場所は、もう決まっていた。


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