161話「年越しの灯り」

食事が始まる少し前。

私は二階の部屋で、コーヒーを飲みながらぼんやり窓の外を眺めていた。

年末の街の灯りが静かに揺れている。

不意にドアが開いた。

「こんな所にいた」

早苗だった。

「あぁ、ここが落ち着くだろ」

「里奈達、下で騒いでるわよ」

そう言いながら、早苗は部屋へ入りベッドの端へ腰を下ろした。

「……今年も色々あったわね」

「あぁ」

私はコーヒーを飲みながら笑った。

「まさか、こんな年になるとは思わなかったな」

「本当ね」

早苗も小さく笑う。

「あなたが戻ってきて、色々あって……茉莉花始めて……」

「気付けば毎日バタバタだったな」

「うん。でもあなたが戻ってこれた……それが一番嬉しかった」

早苗は優しい目で、思い出すように言った。

「そうか。俺も裁判所の駐車場に立っていた早苗と、あの笑顔が忘れられないな」

その返事に、早苗は嬉しそうに笑った。

静かな時間が流れる。

早苗が私にそっと寄り添い、抱きついてくる。

その身体を抱き寄せると、早苗の手に力が入る感触があった。

私は早苗の顔を両手で包むようにして上へ向け、唇を重ね強く抱きしめた。

窓の外では、遠くで年末のざわめきが聞こえていた。

「……私ね」

早苗が小さく呟く。

「こうして、あなたのそばにいる。それに一緒に仕事もできるようになって良かった」

その言葉に、俺はゆっくり頷いた。

「あぁ」

短い返事だった。

でも、それだけで十分だった。

その時、下から里奈の大きな声が聞こえてくる。

「早苗ー! 直人くーん! 鍋できたよー!」

思わず二人で笑ってしまう。

「行きましょうか」

「あぁ」

階段を降りると、リビングはすっかり年越しの空気になっていた。

鍋の湯気。

テレビの年末特番。

仕事を終えた女の子達の笑い声。

テーブルには、お節料理まで並び始めている。

「かんぱーい!」

缶ビールを掲げながら、里奈が笑う。

「まだ年明けてないだろ」

「細かい!」

女の子達が笑い出す。

その横で、綾さんは小さく笑った。

「あとで初詣があるから、飲みすぎないでくださいね」

「はーい!」

返事だけは元気だった。

早苗はそんなやり取りを見ながら、静かに鍋を取り分けている。

自分の前のグラスには、ウーロン茶が入っていた。

午後十一時半を過ぎる頃には、茉莉花の空気も少しずつ落ち着き始めていた。

テレビの中で、年越しのカウントダウンが始まる。

「十、九、八――!」

里奈が真っ先に声を上げ、女の子達も一緒になって騒ぎ始めた。

「七、六、五――!」

賑やかな声がリビングへ響く。

綾さんは少し呆れたように笑いながら、その様子を見ていた。

そして――。

『あけましておめでとうございます!』

テレビの声と同時に、部屋の空気が一気に弾ける。

「あけましておめでとー!」

「おめでとうございます!」

里奈が勢いよくこちらへ振り返る。

「直人くん! あけおめ!」

「はいはい、おめでとう」

思わず笑ってしまう。

その横で、早苗も静かに笑っていた。

女の子達もコートを羽織り、初詣へ行く準備を始めている。

「寒いかなぁ?」

「絶対寒いってー!」

里奈の声に、リビングがまた笑いに包まれた。

その横で、綾さんはストーブの火などを確認している。

早苗はコートを羽織りながら、こちらへ視線を向けた。

「あなたも、もう出る?」

本当は、この空気のまま朝までいたかった。

だけど――。

「うん、俺はこのあと月下美人に顔出してくるよ」

「気をつけてね。弘君によろしく言っておいて」

早苗は微笑んだ。

その表情だけで伝わるものがあった。

里奈が明るい声を出す。

「じゃあ直人くん、あとで合流する?」

「どうだろうな」

「えー、来なよぉ」

「里奈ちゃんたちだけで十分賑やかだろ」

「確かに!」

里奈が笑う。

その空気に、早苗まで少しだけ笑った。

玄関先は一気に騒がしくなる。

女の子達の笑い声。

マフラーを巻く音。

「寒ーい!」

「早く車乗って!」

綾さんが急かしながらドアを開ける。

外の空気はかなり冷えていた。

「それじゃ、行ってくるね」

早苗が静かに言う。

「あぁ、気をつけて」

その言葉に、早苗は優しく笑った。

車のドアが閉まり、綾さんの車はゆっくり夜の街へ走り出す。

賑やかだった玄関が急に静かになった。

私は小さく息を吐く。

向かう場所は、もう決まっていた。

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