玄関のドアを開けると、部屋の中から声が聞こえた。
まだ時間は早いはずだったが、早苗と里奈ちゃんの声が重なっている。
「それ、こっちに置いといて」
「うん、ここでいいんだよね?」
中に入ると、テーブルの上には書類と生活用品が混ざって置かれていた。
引っ越したばかりのはずなのに、想像していたより片付いていた。
「おかえりー!」
早苗がダンボール箱を抱えたまま笑顔で言う。
「もうやってるのか」
「だって早苗起こすの早いもん」
里奈ちゃんがほっぺを膨らませて言った。
「里奈は起こさないと昼過ぎまで寝てるでしょ」
早苗が腰に手をあてて言う。
「二階はほぼ終わったよ。ちょっと来て」
と早苗は私の手を引いた。
二人で階段を上がり、早苗と私の部屋に入ると、かすかに早苗の部屋の匂いがした。
そこにマンションで使っていたソファーやベッドなどが置かれていた。
「ウォークインクローゼットもついてるから、スッキリしていい感じでしょ」
クローゼットの扉を開けて言った。
「うん。ベッドの隣にソファーもあるしいい感じだな」
「あっ早苗、今日、茉莉花の固定電話を開設しておいてくれないか」
私は座り慣れたソファーに腰を下ろしながら言った。
「分かった、ちょっと携帯とってくるね」
早苗は階段をパタパタと下りて行った。
私は昨日決めた料金やシステムなどを書いたノートをバックから出し、もう一度確認していた。
すると、ちょうどそのタイミングで早苗が電話をしながら戻ってきた。
「はい。分かりました、その日にお願いします」
電話を切ると、紙を私に差し出した。
「電話番号はこれに決めたけどよかったよね?」
「うん、覚えやすくていいと思う。
早苗、ちょっとこれ見て」
私はノートを手渡した。
早苗はソファーに座り、ノートを開いた。
「料金とか決まったんだね…」
真剣な表情になり、ページを捲り始める。
早苗が一通り目を通したタイミングで言った。
「茉莉花と月下美人の後の花水木は、同じ料金設定でいこうと思ってるんだ。
姉妹店みたいなもんだから、店のカラーだけを変えようと考えてる」
「うん。いいと思う!ねぇ、ちょっとこれ見て」
早苗はバックから手帳を取り出し、開いて私に見せた。
手帳には“茉莉花”と書いてあり、その下にコンセプトなどが詳しく書かれていた。
「私ね、“キレイなお姉さん”、大人の女性をコンセプトにした店にしようと思ってるの。
求人も実年齢で三十代半ばから後半くらいまで募集かけてね」
少し間を置いて、思い出したように続けた。
「あっ、里奈が言ってたんだけど、地元で飲み屋やってる人がいて、風俗業界に顔が広いんだって。
その人に言えば何人かは紹介してもらえそうだけど…お金にすごくシビアなんだって」
早苗は少し眉をひそめて言った。
「それは会ってみる価値あるぞ。
お金で動く人間は、見合った金を払えば下手なことはしないから。
里奈ちゃんに繋いでもらって、弘に話だけでも聞きに行かせよう」
階段をドタドタと上がってくる音が聞こえ、ドアが勢いよく開いた。
「早苗!お腹減ったよー。もう動けない」
里奈ちゃんはそう言ってソファーに座り込んだ。
「それじゃ、引っ越しそばでも食べにいこうか!」
私が言うと、里奈ちゃんが「やったあー!」と言いながら私に抱きついた。
「コラっ里奈ー!」と早苗が里奈を引っ張る。
私はそんな二人のやり取りを見て、ふと美緒の顔が頭に浮かんだ。
それがどういう意味なのか、自分でもまだ分からなかった。

コメント