美緒のマンションを出て、地元に戻る車の中で、
私は恵美の知人で──月下美人の事務所を仲介してもらっていた不動産屋に連絡を入れた。
昨夜のことを思い出しかけて、やめた。
コール音が数回鳴ったあと、聞き覚えのある男の声が受話器の向こうから聞こえてきた。
事情を簡単に伝えると、「ちょうどいい物件がありますよ」と言われ、その日のうちに内見をすることになった。
その不動産屋の社長は今日は地元にいないらしく、現地には来られないとのことだった。
鍵の置き場所を教えるので、自由に見てもらっていいという話だった。
電話を切ったあと、今度は早苗に連絡を入れる。
「今から茉莉花の事務所の内見行くけど、行けるか?」
少し間があってから、早苗が答えた。
「ちょうど里奈が遊びに来てるんだ。
里奈も一緒でいいよね?」
「里奈ちゃん来てるんだったらちょうどよかった。
三人で行こう。もうすぐマンションに着くから」
高橋里奈。
初めて会ったのは、ずいぶん前だ。
早苗の学生時代からの友達だが、早苗とは真逆のタイプ。
jeepを愛車にしていて、海外をバックパッカーみたいに旅していたらしい。
マンションの下に着くと、二人で待っていた。
前に会ったままだった。
アフロみたいなカーリーヘアにラガーシャツ、ダメージデニムにスニーカー。
早苗は助手席、里奈ちゃんは後部座席に乗り込んできた。
里奈ちゃんはドアを閉めながら、
「直人くん、久しぶりー!捕まってたんだって!ダメだよ、早苗に心配かけちゃ!」
私が挨拶する間もなく言った。
「ほんと久しぶりだね。プールバーで働いてたとき以来だよね」
「そうそう、あの時も今日も直人くんの話ばっかだよ、早苗は。やっぱ一つ年下だから可愛いのかな。ねぇ早苗」
里奈ちゃんは、運転席と助手席の間から顔を出して言った。
「ちょっと里奈うるさいよ、喋り過ぎ」
早苗は睨むような顔をしたあと、ふっと笑った。
不動産屋から聞いた住所は、ホテル街の近くだった。
現地に着くと、商店が何軒かあり、その奥にひっそりとある隠れ家のような二階建ての戸建だった。
家の前には車が五、六台は停められるスペースもあり、夜中に人の出入りがあっても問題なさそうな場所だった。
鍵を開けて中に入ると、屋内はきれいにリフォームされていた。
一階はカウンターキッチンにリビング。
二階は三部屋あり、申し分なかった。
「ここ、ホテル街も近いし、事務所にはもってこいの物件だよな」
キッチンをチェックしていた早苗に、カウンター越しに声をかけた。
「うん、事務所にはもったいないくらいだよ」
そう言って、早苗は部屋を見渡していた。
そのとき、二階からドタドタと里奈ちゃんが降りてきた。
「ねぇ、直人くんここに決めるの?ここに決めるんだったら、二階の一部屋に住んでいい?
家賃も少し入れるからさ!」
里奈ちゃんはそう言うと、今度は早苗を見て、
「早苗も私が住んでた方が何かと便利でしょ!掃除もするし、ご飯もつくるし、あと直人くんのノロケ話も聞いてあげるから」
そう言って、ケラケラと笑った。
「里奈は本当に調子いいんだから」
そんな二人のやりとりを見ながら、
私はここを茉莉花の事務所にしようと決めた。

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