ジルクールを出ると、空はうっすらと白み始めていた。
弘と別れ車に乗り込み、さっきの話を思い返していた。
車で一時間離れた街の箱ヘル。
日掛のやり方では無理がある。
相手は十一や月ニだ。下げれば間違いなく飛びついてくるのは分かっている。
しかし、こっちも旨味がないと意味がない。
長く金利だけを払ってもらうことがベストだ。
空は濃い紫色からオレンジ色に変わり始め、静かだった夜に小鳥のさえずりや、車の行き交う音が混ざりはじめる。
街がゆっくりと目を覚ましていく。
私はエンジンをかけ、アクセルを踏んだ。
その日の夜、弘から連絡があった。
「兄貴、奈緒ちゃんと話したっすよ。詳しいことも色々と分かったっす!」
弘は含みを持たせるように言った。
「そうか、どんなことが分かったんだ?」
「えーとっすね……あっ、店終わってから、奈緒ちゃんも入れて三人で会わないっすか?兄貴が直接聞いた方がいいこともあると思うんすよ。
俺、説明するの下手っすから」
頭を掻きながら苦笑いしている弘の様子が、目に浮かぶ。
「分かった。それじゃ店が終わる頃、電話してくれ」
「了解っす!奈緒ちゃんにも言っとくっすね」
電話の向こうで店のタイマーが鳴り、弘は慌ただしく電話を切った。
午前三時前、再び弘から連絡が入った。
「兄貴、お疲れっす!もう出れるんすけど、どこに行きます?」
「そうか、店は大丈夫なのか?」
「はい、後は大介がいるんで大丈夫っす。中村食堂はどうっすか?」
「お前が行きたいだけだろ。いいぞ、中村食堂で」
少し笑いながら言うと、電話の向こうで弘も笑った。
「やったぁ!俺めっちゃ腹減ってるんすよ!それじゃ今から向かいますね」
私も中村食堂へ向かった。
店に着くと、弘の車はすでに駐車場に停まっていた。
扉を開けると、店内は賑わっていて満席だった。
入口で見回していると、
「兄貴!こっちっすよ!」
カウンター席から弘が手を振っている。
「奈緒、久しぶりだな。初めて一緒に食事するのに、こんな店で悪いな」
隣に座りながら言うと、
「こんな店とか、あんまりな言い方だね」
カウンターの向こうから、おばちゃんがすかさずツッコミを入れてきた。
「おばちゃん違うって、そんな意味で言ったんじゃないよ」
慌てて言うと、
「私、この店の雰囲気大好きです!」
奈緒がすぐにフォローを入れる。
「冗談だよ。お姉ちゃん、センスいいねー」
おばちゃんはそう言って、大きな声で笑った。
「兄貴はいつもので、よかったんすよね?」
弘は惣菜の唐揚げにかぶりつきながら言う。
「ああ、いいぞ」
「ですよね、ちゃんと注文してるっすよ!」
モゴモゴしながら答える弘に、思わず笑みがこぼれる。
「えーと、代表……オーナー……なんて呼べばいいですか?」
奈緒が少し戸惑いながら聞いてきた。
「代表とかオーナーって柄じゃないから、名前でいいよ」
「それじゃ、直人さんでいいですか?」
奈緒は、少し意味深な目で私を見た。
「ああ、いいよ……あれっ、俺の名前言ってたっけ?」
「弘さんに、教えてもらいました」
奈緒は、はにかんだように微笑んだ。
「そうか。直人でいいよ。ところで奈緒の知り合いの箱ヘルの経営者のことなんだけどな、少し詳しく教えてくれないか」
奈緒の話によると、その箱ヘルは“エンジェルタッチ”という名前で、以前働いていたことがあるらしい。
地元だったこともあり、身バレを恐れて一週間で辞めたという。
そのときに仲良くなった女の子とは今でも連絡を取り合っていて、その子は店の共同経営者的な立場のスタッフと付き合っているそうだ。
経営者は藤本大輝。相棒のような男が相沢邦彦。
借入は十一で五十万、月ニで百五十万。
「ありがとう。これだけ先に情報が分かるだけでも助かるよ。明日にでもエンジェルタッチに連絡してみる。うまく話がまとまったら奈緒にお礼しないとな」
「そんな、お礼なんていいですよ。あっ、それからエンジェルタッチに連絡するとき、奈緒からの紹介って言えば分かるようにしておきますから」
奈緒はそう言って微笑んだ。
私は冷めかけたオムライスを口に運びながら、エンジェルタッチのことを考えていた。
この話がうまくまとまれば——
大きく流れが変わる。
カウンターの向こうでは、弘がおばちゃんと大きな声で笑いながら、冗談を言い合っていた。

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