弘にジルクールで待ってると言って電話をきった。
何度か足を運んだことのある店だが、弘は初めてだと言っていた。
店の前に立つと、ブルーのネオンで「ジルクール」と書かれた看板が静かに灯っていた。
この店に来るのは、いつも決まって深夜だった。
最初にこの店を見つけたのも、そんな時間だった。
ブルーのネオンと、漂ってきたコーヒーの香りに引き寄せられるようにして、扉を開けたのを覚えている。
ドアを開けると、静かなジャズが流れていた。
店内に客の姿はなく、カウンターの奥でマスターがサイフォンに火を入れているところだった。
青い炎が揺れ、ガラスの中でコーヒーがゆっくりと上下している。
その動きを横目に見ながら、私はカウンターではなくテーブル席に腰を下ろした。
一人のときはいつもカウンターだが、今日は弘が来る。
扉が開き、少し慌てた足取りで弘が入ってきた。
「兄貴、遅くなってすいません!」
普段の早口は少し控えめで、周囲の静けさに気圧されているようだった。
店内のジャズやサイフォンの揺らめく炎、青いネオンの光に、少しだけ戸惑った表情を浮かべている。
「兄貴、この店渋いっすね」
弘は立ったまま店内を見回し、思わず口にした。
「早く座れ」
私は少し笑って言った。
弘は一瞬だけ視線を彷徨わせ、テーブル席に腰を下ろした。
「コーヒーでいいか?」
「はい、コーヒーでいいっす」
「マスター、ホット二つとあのサンドウィッチも二つお願いします」
カウンターで静かにコーヒーを準備しているマスターに声をかけた。
マスターは黙って頷いた。
「あのサンドウィッチって何すか?」
「ここの、名物みたいなもんで美味いんだ」
「へぇー、楽しみっすね」
ジルクールの玉子サンドは、ゆで卵ではなく厚焼き玉子のサンドウィッチで、ほんのり甘い厚焼き玉子にマスタードが効いたマヨネーズソースにレタス。
シンプルだけど最高に美味い。
この店の雰囲気も、美味さのエッセンスになっているのかもしれない。
「で、奈緒から詳しいことは聞けたか?」
「あっ、はい」
弘はまだキョロキョロと店内を見回していた。
弘が奈緒から聞いた話だと、その箱ヘルは私の住んでる街から車で一時間程離れた街の繁華街にあって、その経営者は十一や月ニの金利で金を借りているらしい。
金利の支払いだけで苦しいので、いま借りてる金利より安いところで借り換えをして一本化したいらしいとのことだった。
いつの間にか、マスターがすぐ横に立っていた。
「お待たせ」
マスターの声は低く小さいが、深く通る声だ。
コーヒーと玉子サンドがテーブルに並ぶ。
コーヒーの良い香りと、玉子サンドのほのかに甘く香ばしい匂いが広がった。
「美味そう!いただきます!」
弘は玉子サンドを頬張り、もう次の玉子サンドを掴んでいた。
「それじゃ、まずその店の経営状態を調べないとだな」
「兄貴、任せてくださいよ。ちゃんと奈緒ちゃんからリサーチしてるっすよ!」
弘はモゴモゴしながら誇らしげに言う。
見るともう皿には玉子サンド一切れしかなかった。
私は玉子サンドを一切れ手に取り、そのまま皿を弘に差し出した。
「これ、食っていいんすか?」
弘は嬉しそうに、私の皿と自分の皿を入れ替えコーラを追加していた。
奈緒が言うには友達がその店で働いており、客入りはいいそうだ。
女の子も昼、夜どちらも出勤が安定してるらしい。
経営者は二十代後半で博打好きだそうで、店の合間によくパチンコに行っているとのことだった。
「弘、その話のってみるか。LINK CORPORATIONを広める足がかりになるかもしれないぞ」
「了解っす!奈緒ちゃんに話してみるっすね!」
そう言った弘の前にはパセリだけ残った皿が二つ並んでいた。
カウンターを見ると、マスターは椅子に座り煙草を燻らせている。
マスターの周囲だけ、時間の流れが違って見えた。

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