「電話鳴ってるわよ」
恵美が気怠そうな声で、私の胸を手でゆする。
昨日の夜、恵美のマンションでそのまま寝てしまっていた。
私の腕を枕にして寝ている恵美から、そっと腕を外して起き上がり、寝ぼけ眼で電話を見る。
弘からだった。
「どうした?」
そう聞きながら時計を見ると、午前二時を回っていた。
「お疲れっす、今さっき店に電話があったんすよ」
弘は少し低いトーンで話す。
「誰から?」
「はい、柴田組の宮本って人からで、村上さんはおられますか?って、兄貴のことを名指しで言ってました」
私は一気に目が覚めた。
柴田組……あの男の顔が頭に浮かんだ。
嫌な予感がした。
この間ファミレスで会った、ラブステーションの経営者。
あの男の親族が柴田組の組員だからだ。
「それで何て言ったんだ?」
「いま事務所にはいないって言ったっすよ。そしたら、連絡してほしいって伝えてくれって言って、電話番号言ってたっす」
私は弘から電話番号を聞き、通話を切った。
ベッドからそっと抜け出そうとしたとき、恵美が私の腕を軽く掴んだ。
「何か面倒なことがあったの?」
「起こした?」
弘から聞いた電話の内容と、ラブステーションの件を話し始める。
恵美はベッドに起き上がり、頬杖をついたまま、最後まで黙って聞いていた。
「それは、ラブステーションの経営者、黒岩のおっさんの嫌がらせよ。」
恵美は一呼吸おいて、私に向き直る。
「月下美人はこの街の業界のルールみたいなものを無視したスタイルで営業してるでしょ。
だから当然、元々この街の同じ業界の人間はよく思わないわよね。
あなたに絡んでみたけど成果はなし、裏にいる人間も分からない。
だから柴田組の人間を使って、揺さぶりをかけてきてるのよ」
恵美の話では、やはりラブステーションの黒岩と柴田組の宮本は義理の兄弟らしく、
気に食わない店にいちゃもんをつけてはトラブルを起こし、宮本という組員、しいては柴田組の名前を利用する厄介者らしい。
「要するに、“虎の威を借る狐”よ。
あっ、あのおっさんは狐というより狸よね」
恵美は少し笑いながら言った。
「喉が渇いた。私はビール飲むけど、あなたはコーヒーでいいの?」
「うん」
「それじゃコーヒー淹れるわね。あっ、アイスコーヒーのほうがいいわよね」
恵美はリビングに行く途中、振り返って言った。
リビングのソファーに二人で座ると、恵美は携帯電話を手に取り、どこかに電話をかける。
「あっ私、いま話せるかしら……月下美人のことなんだけど、店に電話があったのよ。
うん……柴田組の宮本よ。
そう……あの黒岩のおっさん。うん……そうなの。それじゃ後は頼んでおくわね」
恵美は電話を置き、ビールを一口飲んだ。
「話は終わったから、あなたは電話折り返さなくていいわ。
あのおっさんと関わり合っても碌なことないし、あなたが付き合っていくような人間じゃないから」
私は、月下美人やLINK CORPORATIONが順調にいっているのを、自分の力だけのように思っていた。
孫悟空がお釈迦様の手のひらで、お山の大将になっているシーンが頭に浮かんだ。
汗をかいたグラスの冷たいコーヒーを飲み干す。
気づけば、季節はもう夏だった。

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