93話「都合のいい関係」

弘に恵美のことを明かした。

すべてを話したわけじゃない。自分に都合がいいところだけだ。

仕事の関係で明かさないといけないのも事実だが、弘を使い勝手よくするための口実でもあった。

弘は私と恵美の関係を察したようだが、そのことは聞いてこなかった。

だから私からも何も言わなかった。

ある日の夜、その日の売上と報告を聞くため、弘と待ち合わせていた。

「兄貴、お疲れっす。これどうぞ」

弘がホットコーヒーを二本持って車に乗り込んできた。

しばらく弘の話を、コーヒーを飲みながら聞く。

ひと段落ついたところで、

「弘。今日、恵美のところに行くからな」

ほんの一瞬、間があった。

「……了解っす」

短く返ってきたが、その声はわずかに低い。

しばらく無言が続く。

「早苗には、いつも通りでいいな」

「はい。俺と一緒にいたってことで」

弘は前を向いたまま答える。

「……兄貴」

「なんだ」

「……いや、なんでもないっす」

弘は何か言いかけて、言葉を止めた。

「そうか」

それ以上は、何も聞かない。

車内に、また静けさが戻る。

「悪いな」

ぽつりとそう言うと、弘は小さく笑った。

「今さらっすよ」

少し間を置いて、続ける。

「兄貴が決めたことなら、俺は従うだけなんで」

その言葉は軽く聞こえるが、どこか自分に言い聞かせているようにも聞こえた。

私はそれ以上、何も言わなかった。

窓の外の街並みを眺め、冷めたコーヒーを飲み干した。

これでいい。

そう思っているのは、俺だけかもしれない。

その日の朝早く、早苗の部屋に戻った。

早苗はいつものように玄関で出迎える。

「おかえり。遅かったね」

「ああ、ちょっと弘と話してた」

靴を脱ぎながら答える。

「弘君と一緒だったんだ」

「ずっと一緒だよ」

嘘ではない。

ただ、それだけでもない。

「そっか。ご飯どうする?」

「弘と食ってきた」

「ちゃんとしたの食べた?」

少し心配そうに覗き込んでくる。

「ああ、大丈夫だよ」

そう言うと、早苗は小さく頷いた。

「ならいいけど。最近ちょっと忙しそうだもんね」

「うん、金融の仕事も始まったからな」

短く返す。

「無理しないでね」

その一言に、少しだけ間ができた。

「ああ、ありがとう」

それだけ答えた。

早苗は「コーヒー入れるね」と言って台所に向かった。

その後ろ姿を、ぼんやりと見ていた。

特に何も思わない。

思わないようにしているのかもしれない。

どちらでもよかった。

少なくとも、そのときは。

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