弘に恵美のことを明かした。
すべてを話したわけじゃない。自分に都合がいいところだけだ。
仕事の関係で明かさないといけないのも事実だが、弘を使い勝手よくするための口実でもあった。
弘は私と恵美の関係を察したようだが、そのことは聞いてこなかった。
だから私からも何も言わなかった。
ある日の夜、その日の売上と報告を聞くため、弘と待ち合わせていた。
「兄貴、お疲れっす。これどうぞ」
弘がホットコーヒーを二本持って車に乗り込んできた。
しばらく弘の話を、コーヒーを飲みながら聞く。
ひと段落ついたところで、
「弘。今日、恵美のところに行くからな」
ほんの一瞬、間があった。
「……了解っす」
短く返ってきたが、その声はわずかに低い。
しばらく無言が続く。
「早苗には、いつも通りでいいな」
「はい。俺と一緒にいたってことで」
弘は前を向いたまま答える。
「……兄貴」
「なんだ」
「……いや、なんでもないっす」
弘は何か言いかけて、言葉を止めた。
「そうか」
それ以上は、何も聞かない。
車内に、また静けさが戻る。
「悪いな」
ぽつりとそう言うと、弘は小さく笑った。
「今さらっすよ」
少し間を置いて、続ける。
「兄貴が決めたことなら、俺は従うだけなんで」
その言葉は軽く聞こえるが、どこか自分に言い聞かせているようにも聞こえた。
私はそれ以上、何も言わなかった。
窓の外の街並みを眺め、冷めたコーヒーを飲み干した。
これでいい。
そう思っているのは、俺だけかもしれない。
⸻
その日の朝早く、早苗の部屋に戻った。
早苗はいつものように玄関で出迎える。
「おかえり。遅かったね」
「ああ、ちょっと弘と話してた」
靴を脱ぎながら答える。
「弘君と一緒だったんだ」
「ずっと一緒だよ」
嘘ではない。
ただ、それだけでもない。
「そっか。ご飯どうする?」
「弘と食ってきた」
「ちゃんとしたの食べた?」
少し心配そうに覗き込んでくる。
「ああ、大丈夫だよ」
そう言うと、早苗は小さく頷いた。
「ならいいけど。最近ちょっと忙しそうだもんね」
「うん、金融の仕事も始まったからな」
短く返す。
「無理しないでね」
その一言に、少しだけ間ができた。
「ああ、ありがとう」
それだけ答えた。
早苗は「コーヒー入れるね」と言って台所に向かった。
その後ろ姿を、ぼんやりと見ていた。
特に何も思わない。
思わないようにしているのかもしれない。
どちらでもよかった。
少なくとも、そのときは。

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