43話「名刺の代紋」

その初老の男性はカウンター席に座り、酒を飲み始めた。

先輩が私のこれまでの経緯を話すと、初老の男性は声を出さず頷きながら聞いていた。

話が終わると、私に手招きし、隣に座るよう椅子を軽く叩いた。

挨拶して席に着くと、こちらに向き直り

「大変だったね。お疲れさん。事情は聞いたから、心配しなくていい」

と言ってニコッと笑った。

物静かだが威圧感のある声だった。

優しそうな笑顔だったが、その世界の人間特有の鋭い目をしていた。

私は深々と頭を下げて礼を言った。

客が何組か入ってきて先輩が忙しくなり、初老の男性と二人きりになった。

話しているうちに、何十年も前に私の住んでいた街にいたことがあるらしく、その頃は金を貸して生きていたという。

そして、五百万貸したままの人間がいるらしい。

えっ。

五百万……。

さらっと口にできる金額ではないと思った。

ある事件で長く刑務所に入ることになり、その件が有耶無耶になっているとのことだった。

何かのついででいいから気にかけておいてくれないかと頼まれた。

江崎さんという、今は七十代の女性だそうだ。

当時は置き屋――女性を扱う仕事をしていたらしい。

話が終わると男性はグラスの酒を飲み干して立ち上がり、

「何か分かったら連絡ちょうだい」

と名刺を差し出した。さらに、

「これで彼女と美味いものでも食べて」

と言って財布から一万円札を数枚取り出し、私のポケットに入れた。

返そうとしたが、黙って手で制された。

礼を言うと、歩きながら手だけ上げて店を出て行った。

名刺を見ると、関係者どころか金色の代紋が印刷されていた。

名前は佐藤さんだった。

先輩に急なお願いをしてしまったことが申し訳なく、時々店を手伝わせてほしい、給料はいらないので、と伝えて店を後にした。

帰り道、心よく引き受けてくれた先輩への恩返しを考えているうち、佐藤さんから渡された金のことを思い出しポケットを探る。

三万円も入っていた。

よし。早苗に何かご馳走してやろう。

歩く足取りが少し軽くなった気がした。

早苗の嬉しそうに喜ぶ顔が浮かんでいた。

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