いつもと何も変わらない。
ゆっくりと時間だけが流れていく部屋。
ふと横を見ると、いつものように少し下を向いて座っている井原君がいる。
何を考えているのかは分からない。表情も変わらない。
けれどその横顔には、彼が生きてきた人生の重みのようなものが滲んでいた。
自分とはまったく違う人生を歩んできたはずなのに、なぜか惹かれるものを感じていた。
ある日、井原君がノートに何かを書き、そっと私に差し出した。
そこには女性の名前と住所、電話番号が書かれていた。
井原君は私をじっと見て言った。
「婆さんの電話番号と住所です。懲役に行ったら、身分帳に登録できるのは身内だけなんで。身分帳に登録している者しか、手紙の発信も受信も面会もできません。だから、どこの刑務所に行ったか、婆さんに聞けば分かります」
私は答えた。
「分かりました。お婆ちゃんには、私の存在だけ伝えておいてください」
普通なら、こういう場所で知り合った人間に、たとえ親しくなったとしても身内の情報を話すことはまずない。まして住所や電話番号まで。
井原君は詳しいことは何も言わない。
私のことも何も聞かない。
それでも私は、この小さな紙に込められた井原君の気持ちを理解した。
私はその小さな紙に込められた想いを受け取った。
拘置所の中で、私は初めて、誰かに必要とされているような気がした。

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