美緒の優しい声で目を覚ます。
「直人さん。そろそろ起きようか」
私はゆっくりと体を起こした。
「今何時だ?」
「もう十時過ぎだよ。弘さん、昼前に迎えに来るんでしょ」
そう言いながら、美緒は指先で髪を整えている。
リビングへ行くと、淹れたてのコーヒーの香りが部屋いっぱいに広がっていた。
私はソファーへ腰を下ろし、今日一日の予定を頭の中で整理する。
茉莉花で新しいスタッフと会うこと。
そのあと弘と一緒に、藤本の店「エンジェルタッチ」へ集金に向かうこと。
そんなことを考えていると、美緒が湯気の立つカップを差し出した。
「はい、コーヒー」
「ありがとう」
一口飲むと、温かな香りが身体に染み渡る。
美緒は私の隣へ座り、穏やかな口調で言った。
「藤本さんには、今日から集金は私じゃなくて別の者が行くって伝えてあるから」
私は思わず笑う。
「さすが美緒だな。今ちょうどその話をしようと思ってたんだよ」
美緒も小さく笑った。
「ちゃんと昨日の夜に連絡しておいたよ」
二人で今日の予定を確認していると、携帯が鳴った。
弘からのメールだった。
『お疲れです。今から花水木出ます』
私は立ち上がり、出掛ける支度を始める。
玄関まで見送りに来た美緒が微笑んだ。
「行ってらっしゃい」
「ああ、行ってくる」
マンションを出ると、弘が車の横に立って待っていた。
「兄貴、おはようございます!」
「おう、おはよう」
私は助手席へ乗り込み、車はゆっくりと走り出す。
しばらく走ると、弘が口を開いた。
「今から会う新しいスタッフって、どんな人なんすかね?」
「詳しくは分からないが、若い女の子らしい。前に綾さんと同じ店でスタッフをやってたそうだ」
「経験者なら即戦力っすね」
「そうだな」
そのとき携帯にメールが届いた。
画面を見ると、早苗からだった。
『おはよう。今どこかな?』
私はメールを読み終えると、そのまま早苗へ電話を掛けた。
「もしもし。もうこっちに向かってるんでしょ?」
「ああ、弘と茉莉花へ向かってる」
早苗は少し申し訳なさそうな声で話し始めた。
「今日ね、一時と一時半に女の子の予約が入ったの。それで事務所にも何人か出勤してるから、今日は別の場所で会おうと思うんだけど」
「そうなんだ」
「うん。だからインターチェンジの近くにあるファミレスへ来て」
「分かった。それじゃ、そっちへ行くよ」
電話を切ると、私は弘へ予定変更を伝えた。
「予定変更だ。茉莉花じゃなくてファミレスだ」
「了解っす」
車は早苗の指定したファミレスへ向かった。
駐車場へ入ると、早苗と綾さんの車がすでに停まっている。
私と弘が店内へ入ると、昼時ということもあり、多くの客で賑わっていた。
「あっ、兄貴。早苗姐さんたち、あそこっす」
弘が店の奥を指差す。
視線の先では、早苗たちが一番奥の広いテーブル席からこちらへ手を振っていた。
私たちが席へ近づくと、早苗と綾さんの隣に座っていた一人の若い女性が立ち上がる。
少し緊張した表情を浮かべながら、私たちへ深く頭を下げた。
早苗が笑顔で紹介する。
「直人さん、弘君。この子が今日紹介したかった新しいスタッフだよ」
女性はもう一度頭を下げた。
「はじめまして。西園真希といいます。よろしくお願いします」
私も軽く頭を下げる。
「こちらこそよろしく」
顔を上げた真希は、まだ少し緊張した表情を浮かべていた。
それでも、その笑顔には初々しさの中に、どこか芯の強さが感じられた。


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